犯人の殺害理由
投稿者: reon2001 投稿日時: 2005/01/18 10:50 投稿番号: [62232 / 118550]
第二次大戦で戦死した祖父の兄が特高の手で獄死させられたのなら、
「政府」への恨みが勝っていたでしょう。
戦死に対しては遡って時の政権を批判することはありますが、
直接の下手人である敵国を含めて恨みの対象にはしていません。
非戦闘員であった祖母達が焼夷弾で焼き殺されるのと、
貞女の鏡として投身・服毒自殺を強要されることとでは
やはり、政府を恨むでしょう。
それらの違いは「(戦死・焼死)した」と
「(獄死・自殺)させられた」にあると思います。
悲惨な死ではありますが、国を挙げて、敵と戦う中で起きた事に
自らが了解出来ていたかどうかに深く関わっているようです。
テーマさんの言われるようにこうした場合、自国政府への恨みの念が
勝るのは事実でしょうが、だからといって、私たち一族は日本に失望し、
日本を離れ、異国の土地に住むことは選ばなかったでしょう。
それは悲しい、恨めしい、残念なことではあったが、
「それが私たちの祖国であった」と受け止めて、少しでも良い国にしようと
日本人としてこの島に生き続けたと思います。
ところで、テーマさんは同じ殺しでも犯人や目的によって
独裁下の「犬死」と自由との戦い中の「意味ある死」があると
考えておられるようです。
62166でもイラク国民に自由と民主主義の礎を築こうとしている兵士達が
命がけで従軍している姿を描いておられます。
無念にも敵の凶弾に倒れ、星条旗に包まれるかもしれない彼の死は
来るべき新生民主イラクを夢見る有意義な死として弔われることでしょう。
では、アメリカ軍のイラク国民を独裁政権から救い出す戦いで
失われた非戦闘員のイラクの老若男女の亡骸はどのように弔われたでしょうか?
テーマさんの崇高な戦争目的とは相反する扱い方ばかりが
見聞きされるのは私の「情報の不自由さ」からでしょうか?
フセイン独裁を倒すためならば、「私の命を懸けても」と国を挙げて
イラク国民が米軍を支持しているなら、恨みは少ないでしょうが、
ことの成り行きは傍目からも一方的な自由の押しつけの感が否めません。
ここに現れているのは、やはり、主体性の問題だと言えます。
民主主義という目的のために民主主義とは相反する強要・強制の最悪の手段を
行使する姿勢に強い違和感を覚える一人として、
自由と民主主義という目的自体が「表看板」に過ぎないのではないか、
と十把一絡げに攻撃を受け、傷ついても治療を妨げられ、
殺害されても路上に放置され、崇高な目的のための犠牲者として
アメリカ軍の手で丁重に葬られることもない死体の山が
テーマさんの唱える戦争目的の嘘を如実に物語っているようです。
ラムズフェルドの直筆サイン入り戦死報告とに、はしなくも窺える通り、
真実の戦争の目的とは別のところで血を流し、命を落としているのは
イラク国民もアメリカ国民もいずれも私たちと同じ、市井の民です。
イラクの人の喉がアメリカの目的による人の死をフセインの虐殺より
通りが悪いと感じたかどうか、いつか聞いてみましょう。
「政府」への恨みが勝っていたでしょう。
戦死に対しては遡って時の政権を批判することはありますが、
直接の下手人である敵国を含めて恨みの対象にはしていません。
非戦闘員であった祖母達が焼夷弾で焼き殺されるのと、
貞女の鏡として投身・服毒自殺を強要されることとでは
やはり、政府を恨むでしょう。
それらの違いは「(戦死・焼死)した」と
「(獄死・自殺)させられた」にあると思います。
悲惨な死ではありますが、国を挙げて、敵と戦う中で起きた事に
自らが了解出来ていたかどうかに深く関わっているようです。
テーマさんの言われるようにこうした場合、自国政府への恨みの念が
勝るのは事実でしょうが、だからといって、私たち一族は日本に失望し、
日本を離れ、異国の土地に住むことは選ばなかったでしょう。
それは悲しい、恨めしい、残念なことではあったが、
「それが私たちの祖国であった」と受け止めて、少しでも良い国にしようと
日本人としてこの島に生き続けたと思います。
ところで、テーマさんは同じ殺しでも犯人や目的によって
独裁下の「犬死」と自由との戦い中の「意味ある死」があると
考えておられるようです。
62166でもイラク国民に自由と民主主義の礎を築こうとしている兵士達が
命がけで従軍している姿を描いておられます。
無念にも敵の凶弾に倒れ、星条旗に包まれるかもしれない彼の死は
来るべき新生民主イラクを夢見る有意義な死として弔われることでしょう。
では、アメリカ軍のイラク国民を独裁政権から救い出す戦いで
失われた非戦闘員のイラクの老若男女の亡骸はどのように弔われたでしょうか?
テーマさんの崇高な戦争目的とは相反する扱い方ばかりが
見聞きされるのは私の「情報の不自由さ」からでしょうか?
フセイン独裁を倒すためならば、「私の命を懸けても」と国を挙げて
イラク国民が米軍を支持しているなら、恨みは少ないでしょうが、
ことの成り行きは傍目からも一方的な自由の押しつけの感が否めません。
ここに現れているのは、やはり、主体性の問題だと言えます。
民主主義という目的のために民主主義とは相反する強要・強制の最悪の手段を
行使する姿勢に強い違和感を覚える一人として、
自由と民主主義という目的自体が「表看板」に過ぎないのではないか、
と十把一絡げに攻撃を受け、傷ついても治療を妨げられ、
殺害されても路上に放置され、崇高な目的のための犠牲者として
アメリカ軍の手で丁重に葬られることもない死体の山が
テーマさんの唱える戦争目的の嘘を如実に物語っているようです。
ラムズフェルドの直筆サイン入り戦死報告とに、はしなくも窺える通り、
真実の戦争の目的とは別のところで血を流し、命を落としているのは
イラク国民もアメリカ国民もいずれも私たちと同じ、市井の民です。
イラクの人の喉がアメリカの目的による人の死をフセインの虐殺より
通りが悪いと感じたかどうか、いつか聞いてみましょう。
これは メッセージ 62187 (theme_from_papillon さん)への返信です.
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