アホの空念仏:後の為政者達の責任
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/01/10 11:44 投稿番号: [61577 / 118550]
>戦前戦中の教育は、そんなに素晴らしいものだっただろうか?
さあ知りませんな。第一、「わたしはそんなことは一言も言ってないわけ!」(羨先生の口癖)
>>
結局、日本式の意思決定システムの欠陥でも原因があるわけ。
>何か、戦争犯罪者達の弁護がしたいのだろうか?
仮にいくらアホのあんちゃんでも、歳をとると肩書きが上がる会社があったとしよう。すると、歳を取れば取るほど、決断の重みが増すが、しかし頭の程度は餓鬼と同じレベルなわけだ。万が一(と言うより絶対ないが)あんちゃんが社長になったとすると、その稚拙な判断によって、大勢の部下を路頭に迷わすことになったり、会社をつぶすことになるわけだ。
普通の人間なら、責任の重さに押しつぶされるかもしれないが、慣れてくると、あるいは生まれながらに権力の頂点にいると、そんなことは関係なく、判断とは関係ない肩書きの有無を重視したり、判断の材料を提供する部下の好き嫌いによってアホな決断を下すわけ。
それが日本の意思決定システムだったわけ。その中にいた人間に後からどうのこうのと言っても、彼らに罪悪感があったかどうかねぇ。「勝者による敗者への成敗」とゆう理不尽な思いの方が強かったんじゃなんでしょうかねぇ。知るよしもないけどねぇ。
言っとくけど、わっちは、こんな無責任システムを良しとしているわけではないからねぇ。
>むしろ彼等の責任を曖昧にしたいのは、後の為政者達ではないだろうか?
山一證券の社長のように、「部下は悪くありません。悪いのは私です」と号泣するのならまだいい。しかしだ、ほとんどの社長は、「部下が悪い」、「部下が独断でやった」と逃げ回るだけ。「偉い人間は、部下に責任を転化して、責任をとらない。取らなくていい」がいまでも日本では半ば常識なわけ。そんな中で、「後の為政者達の責任」ってかい?
同じ穴のムジナが仲間を裁けるはずがないだろ?
戦前は、英才教育でエリートを育てるシステムで、責任をとるべき人間のあるべき姿は多少は教育していたんじゃないの?(まぁ、エリート意識による弊害もあったけどね)。
しかし戦後そんなものは、破壊してしまった。なんでも平等っていう、バカサヨ思想で。余計、誰もが責任をとらないシステムを作っておいて、「後の為政者達の責任」なんて言葉を言うこと自体、アホの空念仏だっぺよ。
これは メッセージ 61575 (venture_2016 さん)への返信です.
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