>完×3:アルカイダとの関係情報操作
投稿者: GivingTree 投稿日時: 2004/12/24 09:30 投稿番号: [60326 / 118550]
「完×2」って(笑)
よろしい、続けましょう!
>>結局はマスコミ自体の成長と、マスコミの情報の受けて側の成長。これが並行して行われないと、人は情報化の波に取り残されていくだけしょうね、ということで。【俺】
>そんなことを平気でやるのが、いまの日本の民放だ。これがマスコミと呼ばれる奴らの頭の程度でっせ!
うーん、俺は「テレビ」というメディアの中でのニュースというものには、さほど重点を置いてないんですけどね。マスコミの一部でしかないし、実際のところ・・・マスメディアとしての役割を果たしてるのか自体、疑問視してますよ。
>料理人の腕が良くなるには、それを食う客の舌が肥えなければならないと言うのは、ある意味、あってる。しかしだ、これからおいしい料理の味を覚えてゆこうとする若者だってたくさんいるわけだ。
「報道」を「料理」に例えるのは、ベンチャーさんらしいうまい比喩ですが、俺はそれにさらに、報道を料理とするのならば、“うまい料理”でなきゃ味がわからない(美味いか不味いかすらわからない)のなら、“食べなきゃいい”とすら思いますよ。そうして料理の出来・不出来がわかって難癖つけられるくらいになれば、不味い料理食べることもなく美味しい料理を食べられるように自分なりの“テイスト”とこだわりを持つことができるでしょう。そういう所でも、ただ“サービス”として料理を愉しむのではなく、自分なりのテイストとこだわりを持って料理の良し悪しを判断できるくらいの“舌”は必要だと思いますよ。
>「まずい料理しか作れないくせに、俺はうまい料理をみんなに食わしてやってるんだ」と戦後の食料支給の発想でいる料理はどんどん排除してゆくべきでしょ。
“排除”する方法が問題ですね。情報を売るマスコミに権力があるのならば、それを買うユーザーには消費者としての権力があります。ということは、ユーザーがマスコミに対してその権力をふるう方法というのは、消費者としての権力を行使すること。つまり「不味い情報は買わない」ということですね。そうしてユーザーが情報を取捨選択できるリテラシーを身に付ければ、マスコミは自然と優良なものへと淘汰されていくと思いますよ。だから、“消費者の目”を養う必要があるんですよ。
>おいしい料理を作るの側が、客の舌が肥えてないから、まずい料理を出してもいいと言うのは「不遜」そのもの!
見抜けない客も踊らされている阿呆です。
>同時に、おいしい味を知ってる者は、まずい店には二度と行かないのではなく、積極的にまずい店は「まずい」と広報しなくちゃ。
うん、これは重要かもしれませんね。でも他人の広報に頼りきりなばかりに、似非専門家や自称・評論家が跋扈している世の中になっているのもまた事実。
>私は、おいしい料理をたくさん知ってるわけではないが、まずい料理を作る側の不遜さ、客を思いやる心のなさは辟易している。
客としての権利を行使すればいいんですよ。不買運動とかw
よろしい、続けましょう!
>>結局はマスコミ自体の成長と、マスコミの情報の受けて側の成長。これが並行して行われないと、人は情報化の波に取り残されていくだけしょうね、ということで。【俺】
>そんなことを平気でやるのが、いまの日本の民放だ。これがマスコミと呼ばれる奴らの頭の程度でっせ!
うーん、俺は「テレビ」というメディアの中でのニュースというものには、さほど重点を置いてないんですけどね。マスコミの一部でしかないし、実際のところ・・・マスメディアとしての役割を果たしてるのか自体、疑問視してますよ。
>料理人の腕が良くなるには、それを食う客の舌が肥えなければならないと言うのは、ある意味、あってる。しかしだ、これからおいしい料理の味を覚えてゆこうとする若者だってたくさんいるわけだ。
「報道」を「料理」に例えるのは、ベンチャーさんらしいうまい比喩ですが、俺はそれにさらに、報道を料理とするのならば、“うまい料理”でなきゃ味がわからない(美味いか不味いかすらわからない)のなら、“食べなきゃいい”とすら思いますよ。そうして料理の出来・不出来がわかって難癖つけられるくらいになれば、不味い料理食べることもなく美味しい料理を食べられるように自分なりの“テイスト”とこだわりを持つことができるでしょう。そういう所でも、ただ“サービス”として料理を愉しむのではなく、自分なりのテイストとこだわりを持って料理の良し悪しを判断できるくらいの“舌”は必要だと思いますよ。
>「まずい料理しか作れないくせに、俺はうまい料理をみんなに食わしてやってるんだ」と戦後の食料支給の発想でいる料理はどんどん排除してゆくべきでしょ。
“排除”する方法が問題ですね。情報を売るマスコミに権力があるのならば、それを買うユーザーには消費者としての権力があります。ということは、ユーザーがマスコミに対してその権力をふるう方法というのは、消費者としての権力を行使すること。つまり「不味い情報は買わない」ということですね。そうしてユーザーが情報を取捨選択できるリテラシーを身に付ければ、マスコミは自然と優良なものへと淘汰されていくと思いますよ。だから、“消費者の目”を養う必要があるんですよ。
>おいしい料理を作るの側が、客の舌が肥えてないから、まずい料理を出してもいいと言うのは「不遜」そのもの!
見抜けない客も踊らされている阿呆です。
>同時に、おいしい味を知ってる者は、まずい店には二度と行かないのではなく、積極的にまずい店は「まずい」と広報しなくちゃ。
うん、これは重要かもしれませんね。でも他人の広報に頼りきりなばかりに、似非専門家や自称・評論家が跋扈している世の中になっているのもまた事実。
>私は、おいしい料理をたくさん知ってるわけではないが、まずい料理を作る側の不遜さ、客を思いやる心のなさは辟易している。
客としての権利を行使すればいいんですよ。不買運動とかw
これは メッセージ 60271 (venture_2016 さん)への返信です.
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