>世の中には
投稿者: welcome2thecivilization 投稿日時: 2004/12/23 21:38 投稿番号: [60291 / 118550]
私も、最近の「国旗・国歌」に代表される「愛国」強要には、疑問を持っています。
たとえば、乗っている船が転覆した場合、まず自分の子供から助けるのではないでしょうか。そして、他の親がそれを非難することができるでしょうか?
自分の家族を愛し、仲間を愛すことは、「本来は」自然な感情だと思います。(最近、そうじゃない親による悲惨な事件が多いですが)。
ところが、自然な感情であるはずなのに、こと「愛国」という言葉には、戦後日本の様々な事情により、国民が素直に受け入れづらい要素が多いようですね。自然な感情が、歪められているのです。
ある種の為政者による「愛国」の強要には、二つの問題があると思います。
一つは、強制することでかえって逆効果になるという側面。どんなに好人物であっても、その人を好きになりなさいなどと強要されれば、好きになれるものもなれませんよね。現在の日本人が「愛国」を語りづらい理由が──それが正しいか間違っているかはともかく──厳然としてあるのですから、それを無視して上から強要するならば、その大きな反対理由である「大東亜戦争に至るプロパガンダ」と印象が結びつけられるに決まっています。
もう一つは、自らの国を愛するときの 「くに」と、その国の政治を行う上での範囲である「国家」の概念は本来は別であるのに、愛国を強要する政治家がその二つを混同していることです。国境は、恣意的に引かれたものに過ぎません。単に国境内を指す「国(家)を愛せよ」ということは、言う側がその二つを区別していない限り、「我々の政府を愛せよ」と強要しているのに等しいからです。
真の愛国とは、同胞を愛する「結果」として、政治的な意味での国家にも協力しよう、ということではないでしょうか。
何れにせよ、現在のやり方での愛国強制は、かえって愛国心を歪め誤解させ反感を与えるだけでしょうね。
これは メッセージ 60284 (masajuly2001 さん)への返信です.
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