>>>岡倉天心の言葉>so_what108さん
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/12/18 01:53 投稿番号: [59886 / 118550]
>これってレヴィストロースの文化相対主義じゃん。
へえ、そんな人が似たようなこと言っているんですか?
なんか光栄だけど、その人の名前は知っていますが、本は読んだこともありません。(^_^;)
私は自分で感じたことを勝手に書いているんですが、先日書いた、今西錦司さんのお書きになっているところでは、欧米人が自然環境を人力で征服したころから、優位にある民族の文化と言うモノによって、取り込まれ、収束すると言う形で単一方向化(だったか)に向かうことになったというような解釈だったと思います。
つまり彼の書いていることによれば、近代化に乗り遅れた民族は、未だに多様性を許容している(つまり文化を相対化できる)ということになるようですが、彼は最後の望みとして、その取り残された民族の可能性にかけているようなところがありました。しかし、私はもう少し長期的な見方の方がいいと思いました。
つまり、ここに各民族における「古層」というようなものが存在するのではなかろうか?とかいい加減なことを考えています。(^_^;)
今西さんの書いておられた、「欧米人の近代化なんて、長い目で見たら、一過性の、人類をも滅びしうるものでありうる」というような意味のところは同意できました。であればこそ、単一方向への必然性は一過性のものだろうから、これにこだわることは無意味だ、とか、感じてしまいました。
これは メッセージ 59874 (so_what108 さん)への返信です.
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