日本の日本たる意味
投稿者: battamother 投稿日時: 2004/12/05 20:25 投稿番号: [59013 / 118550]
>「被爆国として多大の犠牲を被った」だから「核武装はしない」。
>ただ被害者の立場に陶酔する自虐的な感情論。
というか、被爆を通じて、戦争を繰り返すことの愚かさを身をもって思い知った国が日本だと思うのです。
今ここへ来て、また同じ愚かさを繰り返すのか。被爆から日本が学んだものは何だったのか?
真の大人の国家とは、威嚇合戦ではないはず。その精神的リーダーとしての役割を日本が担うべきではないのかという問いかけと願いがあります。
日本の政治家の馬鹿さ加減を見るに付け、そういった願いは幻想のように思えます。
しかし、日本国民までもが全て愚かであるわけではない。
マッカーサーしかり、アインシュタインしかり、彼らは日本人にその「精神的可能性」を感じて、壊滅的打撃を日本に加えないよう訴えたと聞ききます。
確かに今の国際情勢では、60年前の価値観や方法論では通用しなくなっています。
しかし、日本が日本たるアイデンティティーというのは何かというのを考えた時、たとえ建前であっても、標語であっても、世界への訴えとして非戦と、『核は作らず、持たず、持ち込ませず』をせめてもの歯止めとして謳っても良いのでは?
もっとも、日本に寄港する米国艦隊には核巡航ミサイルトマホークが配備されているから、この原則は既に破られているけど。
昨年、防衛庁は、「トマホーク」など、他国基地に限定的な攻撃を加えられる兵器の導入に向け検討に入った事を明らかにしました。軍事力は、相互均衡があって初めて、その「表層的な平和」が維持される。
しかし、その牽制合戦は、軍拡競争を引き起こし、先にバランスの不利を招くと判断した側が、先手を打って事を解決しようとする局面もある。そうなると、抑止どころか、戦争の誘因になってしまう。
理想と、現実というものは、とかく葛藤と乖離と矛盾があります。
正直、今日本が突きつけられている問題は、非常に難問だと思います。
その善後策を私も思案中。
よって、今は理想を語るのみです。
これは メッセージ 59007 (venture_2016 さん)への返信です.
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