>民主主義の行方…アセアンさん
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/10/12 16:49 投稿番号: [55567 / 118550]
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僕はこうした民主化や民主主義化における”全世界共通の普遍の概念”は
存在し得ないだろうと考えていますが、個々のフェーズにおける民主化や民主義化という
その地域における”普遍性を持った概念”は作り上げることは可能だろうと考えています。
そうした次元の違うフェーズを自由に行き来する為の梯子を作り上げるのは高次概念を
既に獲得している先進国の役割でも責任でもありません。
それは、第三世界自身の責任と努力でなされなくてはならない事柄でしかないと思うからです。
しかし、金融市場を無視出来ないのと同様に第三世界だけの現状の国力では
如何ともしがたい領域が存在することも確かな訳です。
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このあたりのご意見は面白いですね。よく考えてみたいと思います。民主主義にも、いろいろな形態があってもいい、あるいは、それほど、固定化したものでも、完成したものでも無いかも知れません。
これには、ちょっと面白い経験もあります。以前、アジア研究所の当時の所長と話したのですが、面白いことを言っていました。多分、年代的にみて、学生のころは、マルクスの洗礼をうけている世代なんですが、実際にカンボジアの実態を経験してみると、マルクス主義も教条的になると滑稽でしかない。あるいは、普遍性のあるものと信じられている教条ですが、その普遍性が怪しくなる。
マルクス主義はある意味、土地本位制を基本にしている訳ですが、それが崩れるというんですね。メコン川が氾濫すると、土地の地形まで変わってしまう。だが、一方でその氾濫によって沃土が生まれている。そんなところにマルクスを持ち込んでみたって、という訳です。
民主主義も同じような問題、地域を抱えているかも知れません。そんな場合は、世界の共通認識と調和しながら、新しい体制を形成して行くほかない、とも言えますね。それはその地域の責任でやっていくのと同時に、現在の欧米型の民主主義の欠陥を洗い出す作業になるのかも知れませんね。
中国なども、そうした壁を越えない限り、的確な進路は見えてこないような気もしますね。アジアの叡知が問われます。キリスト圏だけの発想では無理かも知れないからですが…。
これは メッセージ 55552 (asean_peace11 さん)への返信です.
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