金の使い方と民主主義-2:モリヤさん
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/10/12 11:05 投稿番号: [55552 / 118550]
しかし、幾ら実質経済への転換とは言え、国際金融市場での資金調達力を完全に
無視することは出来ませんから、それをどのように
効果的に使いこなすか・・・という知恵がなくてはどうにもなりません。
その”知恵”の部分が、タイトルの「金の使い方」という表現に集約される
と考えます。
例えば、今年度のタイ国軍の予算請求では前代未聞の状況が発生しました。
それは、これ迄なら絶対に拒否されるはずのなかった国軍予算請求が二度迄も
「予算案の中の計画と装備配備計画の根拠と意図が明白ではない」として
突っ返されてしまったことです。
これ迄なら「国軍を掌握出来ない政権はその存続さえ怪しかった状況」から
如何な「(国王の)軍隊」であっても、Action-Plan(具体的な金の使い道と
その理由)が明確では無いモノは承認しないという政府姿勢を打ち出した訳です。
(当り前の理屈ですから、これに軍が反発した所でそれは逆効果しか生みませんので
現状は予算請求は作り直され、最終的には承認されましたが)
この武力行使トピで、中東地域に民主主義等成立しないや発展段階が違うという内容の
投稿を目にすることがありますが、僕はそうした認識こそが
先進国の不遜さの代表的なモノだと思っています。
ただ、現在の欧米型民主主義をそのまま持ち込んでもその地域が成立している要因も
経緯も違いますので、無理があるのは事実ですが
何も外国人が持ち込まなくても同国人が持ち込んでさえもその解釈に誤りがあると
その地域の民主化は成功しないことをインドネシアのメガワティ政権は
証明してみせました。
インドネシアは親子二代に渡って『民主主義の解釈を誤った稀有な政権』となった訳ですが
これは同じイスラム教を中心とする中東地域にも同様のことが当てはまるだろうと
僕は考えています。
つまり、民主主義が根付かない訳でも発展段階の違いでも決してなく、価値観や
思考形態の成り立ちそのものに違いがある訳ですから、
(人治体制と談合体質と最近僕が良く使う表現がそれですが)その地域の
特性に合った”民主主義”は必ず成立するはずだと信じていますし、それを
実現出来るとも信じています。
すなわちASEANもそうだった訳ですが、民主主義を成立させ且それを運用する
方法論が独自に生み出せなかった(知らなかった)という理由に加えて
前の投稿で書いたように『民主化=既得権との衝突』という事態の発生を
恐れるが余り、その分野に指導者層が踏み込まなかったというのが
正確な事情であるからです。
民主化というのは、既得権を大量に保有する上位層や特権階級層にとっては
非常に厄介なモノ以外でもなんでもないのですが、その民主化を
中東地域も含めた第三世界のそうした階層に所属する人間が自ら自覚して
(自分達の取り分が減少するといった目先の利益だけではなく)国力の
底上げこそが優先性の高い問題であり且結果的に自分達にも益になる
といった考え方にパラダイムシフト出来るか否かに掛かっているとも
思っています。
民主化という諸刃の剣は、そうした特権階級だけに作用する訳では決してありません。
一般的な国民にも同様に『自由とチャンスの公平性が拡大すると同時に責任の度合いも
範囲も広がる』ことを意味しています。
これ迄は、全ての事柄の責任をその独裁体制であるが故に『独裁者に押付けることが出来た』
という状況が民主化を選択するということは、そんな”安易な責任逃れが出来なくなる”
ことを、国民自身が『自覚しなければならない』ことを意味している訳です。
僕はこうした民主化や民主主義化における”全世界共通の普遍の概念”は
存在し得ないだろうと考えていますが、個々のフェーズにおける民主化や民主義化という
その地域における”普遍性を持った概念”は作り上げることは可能だろうと考えています。
そうした次元の違うフェーズを自由に行き来する為の梯子を作り上げるのは高次概念を
既に獲得している先進国の役割でも責任でもありません。
それは、第三世界自身の責任と努力でなされなくてはならない事柄でしかないと思うからです。
しかし、金融市場を無視出来ないのと同様に第三世界だけの現状の国力では
如何ともしがたい領域が存在することも確かな訳です。
そういう状況になって初めて様々な分野とレベルでの国際協力関係が生まれてくるとも
考えいます。
その証拠にASEAN先進3カ国が日本に一番期待するのは資金的な援助の前に、知識や
知恵と言ったソフト面の支援拡充を望んでいることからも明らかだと考えます。
取敢えずでした
無視することは出来ませんから、それをどのように
効果的に使いこなすか・・・という知恵がなくてはどうにもなりません。
その”知恵”の部分が、タイトルの「金の使い方」という表現に集約される
と考えます。
例えば、今年度のタイ国軍の予算請求では前代未聞の状況が発生しました。
それは、これ迄なら絶対に拒否されるはずのなかった国軍予算請求が二度迄も
「予算案の中の計画と装備配備計画の根拠と意図が明白ではない」として
突っ返されてしまったことです。
これ迄なら「国軍を掌握出来ない政権はその存続さえ怪しかった状況」から
如何な「(国王の)軍隊」であっても、Action-Plan(具体的な金の使い道と
その理由)が明確では無いモノは承認しないという政府姿勢を打ち出した訳です。
(当り前の理屈ですから、これに軍が反発した所でそれは逆効果しか生みませんので
現状は予算請求は作り直され、最終的には承認されましたが)
この武力行使トピで、中東地域に民主主義等成立しないや発展段階が違うという内容の
投稿を目にすることがありますが、僕はそうした認識こそが
先進国の不遜さの代表的なモノだと思っています。
ただ、現在の欧米型民主主義をそのまま持ち込んでもその地域が成立している要因も
経緯も違いますので、無理があるのは事実ですが
何も外国人が持ち込まなくても同国人が持ち込んでさえもその解釈に誤りがあると
その地域の民主化は成功しないことをインドネシアのメガワティ政権は
証明してみせました。
インドネシアは親子二代に渡って『民主主義の解釈を誤った稀有な政権』となった訳ですが
これは同じイスラム教を中心とする中東地域にも同様のことが当てはまるだろうと
僕は考えています。
つまり、民主主義が根付かない訳でも発展段階の違いでも決してなく、価値観や
思考形態の成り立ちそのものに違いがある訳ですから、
(人治体制と談合体質と最近僕が良く使う表現がそれですが)その地域の
特性に合った”民主主義”は必ず成立するはずだと信じていますし、それを
実現出来るとも信じています。
すなわちASEANもそうだった訳ですが、民主主義を成立させ且それを運用する
方法論が独自に生み出せなかった(知らなかった)という理由に加えて
前の投稿で書いたように『民主化=既得権との衝突』という事態の発生を
恐れるが余り、その分野に指導者層が踏み込まなかったというのが
正確な事情であるからです。
民主化というのは、既得権を大量に保有する上位層や特権階級層にとっては
非常に厄介なモノ以外でもなんでもないのですが、その民主化を
中東地域も含めた第三世界のそうした階層に所属する人間が自ら自覚して
(自分達の取り分が減少するといった目先の利益だけではなく)国力の
底上げこそが優先性の高い問題であり且結果的に自分達にも益になる
といった考え方にパラダイムシフト出来るか否かに掛かっているとも
思っています。
民主化という諸刃の剣は、そうした特権階級だけに作用する訳では決してありません。
一般的な国民にも同様に『自由とチャンスの公平性が拡大すると同時に責任の度合いも
範囲も広がる』ことを意味しています。
これ迄は、全ての事柄の責任をその独裁体制であるが故に『独裁者に押付けることが出来た』
という状況が民主化を選択するということは、そんな”安易な責任逃れが出来なくなる”
ことを、国民自身が『自覚しなければならない』ことを意味している訳です。
僕はこうした民主化や民主主義化における”全世界共通の普遍の概念”は
存在し得ないだろうと考えていますが、個々のフェーズにおける民主化や民主義化という
その地域における”普遍性を持った概念”は作り上げることは可能だろうと考えています。
そうした次元の違うフェーズを自由に行き来する為の梯子を作り上げるのは高次概念を
既に獲得している先進国の役割でも責任でもありません。
それは、第三世界自身の責任と努力でなされなくてはならない事柄でしかないと思うからです。
しかし、金融市場を無視出来ないのと同様に第三世界だけの現状の国力では
如何ともしがたい領域が存在することも確かな訳です。
そういう状況になって初めて様々な分野とレベルでの国際協力関係が生まれてくるとも
考えいます。
その証拠にASEAN先進3カ国が日本に一番期待するのは資金的な援助の前に、知識や
知恵と言ったソフト面の支援拡充を望んでいることからも明らかだと考えます。
取敢えずでした
これは メッセージ 55551 (asean_peace11 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/55552.html