対イラク武力行使

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

nanntyatteクワガタ茸肥後、出たな!笑

投稿者: okeranotora 投稿日時: 2004/10/08 12:35 投稿番号: [55316 / 118550]
まさーに、真面目に取り組んでおられます。

ハンセン病の死出の旅であり、姥捨て山ともされた四国山脈の悲しい物語の旅の途中に、まるーーーーーい満濃池♪

空海♪


真言密教は古い♪
やたら古い♪
古式ゆかしきジパング♪




空海は、774年(宝亀5年)、讃岐の国(香川県)屏風が浦(びょうぶがうら)に生まれる。
名族・佐伯氏の出身で、幼名を真魚(まお)という。
幼い頃から秀才の誉れ高く貴者(とおともの)と言われ、やがて叔父の阿刀大足(あとのおおたり)に連れられて、都(奈良)へのぼり、官吏になるために大学に入学した。
だが、大学で学ぶ儒教に本来自分の求めるものでは無いと思い、やがて仏の教えを目指すようになり、大学を辞めてしまう。
行方の分からなくなった真魚は一修行僧から「虚空蔵菩薩の真言を百日にわたって百万遍唱えれば、あらゆる教法の文義を暗記できる」という虚空蔵求聞持法を教わり、阿波の太龍ケ嶽にて行う。そしてあちこちの寺をたずねては、経蔵にこもり、万巻の経を読みふける。そうかと思えば深山に分けいって修行にあけ暮れる。修行の山を求めて諸国をめぐったのもこのころであった。
19歳のとき、今の高知県室戸岬にある洞窟(御蔵洞)で求問持法を修行していたとき、口に明星が飛び込んできて悟りをひらく。その間、かれが目にしていたものは、海と空だけであった。これを記念し、以後、「空海」と名乗る。
仏教の修行を続ける中、「聾瞽指帰」(三教指帰)を書き、儒教、道教、仏教の中で仏教が最高の教えであることを宣言し仏道に入る。これ以後の消息は不明である。
言い伝えによると空海は、久米寺(奈良県)の塔で「大日経」と巡り会い、密教的宇宙観に引かれ手行く。しかしながらその経はサンスクリット語で書かれたり、呪文や秘文について分からない点が多く、遣唐船で「唐」に渡り直に密教を学ぶことを決意する。
叔父の阿刀大足や大足が仕えた恒武天皇第三の皇子に取り計らって留学僧として「唐」に渡る。空海31歳の時である。

留学僧として空海は804年に最澄と共に遣唐船で入唐する。唐で般若三蔵らからサンスクリット語を学んでから、青竜寺に入り密教第七祖恵果より密教の正当な後継者として密教の全てを伝授される。その時恵果より「遍照金剛」の名を頂く。
入唐より2年後空海は帰国する。が、上京は許されず、九州大宰府の観世音寺に身を寄せていたと言われているが数年間消息が途切れる。この頃叔父の阿刀大足の仕えていた桓武天皇第三皇子伊予皇子が川原寺に幽閉され自害する。

809年嵯峨天皇の時上京が許され、高尾山寺に入る。810年薬子の変が起こり、空海は鎮護国家のための大祈祷をする。
やがて最澄は空海より金剛界結縁伝法灌頂を受け密教を学ぶ。だが、筆授により密教を極めようとする最澄に、空海は密教の境地である「理趣釈経」の借覧を断り、しかも最澄の後継者である泰範を自分の弟子にしてしまう。ここで最澄と空海は決別した。

816年帝より高野山を賜り開祖に着手する。
821年5月、故郷四国讃岐の満濃池の修築に当たる。多忙を極めていた空海にとって実家に里帰りした心境はいかほどだったでしょうか。母、玉依御前と昔話をしたかもしれない。池に壇を築き、空海を慕う民が集まり、当時最新の建築技術を用いて9月には修築が完了している。誰もがなし得なかった快挙である。水よけと呼ばれる現在のダム建築にも使われている技術をも用いていたと言われている。このことが、全国各地に伝わる弘法大師の「水伝説」も源のように思える。

822年東大寺に真言院を建立し、翌823年東寺を賜り教王護国寺と名づける。
東寺を真言宗の道場とし、真言宗以外の宗派の立ち入りを禁じる。叔父の阿刀大足をして代々東寺の管理を賄う。
827年淳和帝の時大僧都に任じられる。
828年綜芸種智院を創立する。
830年主著である「秘密曼荼羅十住新論」を著し、生きながらにして仏となる(即身成仏)の理論を完成させる。

835年3月21日寅の刻、声明の響きの中入定する。彼の人生そのものがドラマであり、入定後もメイクドラマを演じつづけることになる。
彼は長い長い旅に出る。「入定後56億年後に弥勒菩薩の御前にはべり現世に現れ、世を救うだろう」と言い残して。
921年弟子達の熱心な奏請により、朝廷より「弘法大師」の諡号が贈られる。
20世紀後期、「同行二人」の白衣姿のお遍路さんが四国の寺々を巡礼している。彼らは空海と共に空海の歩いた道を歩いている。遍路の姿は年々減ることは無い。人は人である以上免れ得ない煩悩を抱える限り空海は生きている。


南無弘法大師遍照金剛菩薩
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)