■アメリカ合衆国等に関する一考察(3)
投稿者: silverlining551 投稿日時: 2004/10/04 20:56 投稿番号: [55021 / 118550]
◆お話を受けてのさらなる考察
【ビンラディン等の役割は、いわば初代の”親”の役割で、それ以外は全て”子”としての役割しか担っていない(故に、ネットワークの構造は緩やかで曖昧なものなる)、そしてその戦略性の行き着く先には如何なる具体的モノの実現も、大儀も本質的には存在していないだけではなく、その連続性さえ個人の”生存時間=それさえも神から与えられたモノとしてある”内に限られたものでしかなく、テロ行為の連続性は存在しても”その場所での連続性”等はその個人の尺度だけで終わってしまっている。
(9.11が米国への神からの鉄槌の始まりであるとするならば、その後も米国を崩壊させる迄?継続されてしかるべきものが、その警備体制のレベルの問題とは関係なく、全く行われてないことが連続性等のの認識が無いことを証明していると考えます)】
上記のお話。
僕は非常に重要だと思いました。
貴重な意見でした。
有り難う御座います。
実は、ビンラディン側も何がしたいのかよく分かっていないとのお考えには僕も同意します。
強烈に意識しているはずの来世についても、何なんだかよく分かっていないだろうに、そのなんだかよく分からないもののために、なかば狂信的な行為に出てしまうところに、過激派の悲しさがあるように思います。
それでも戦い続けるためにビンラディンに残されている道は、米国を、「十字軍」のような宗教的なシンボル体系の中に位置づけ、世界観・価値観闘争の土俵に乗っけることで、自陣に同調する者を増やすことしかないだろうと思うのです。
が、当の米国はプラグマティックなため、「反十字軍」を叫んでみてものれんに腕押し。
その中で、なんとか米国(その他の諸国を含む世界)を価値観・世界観闘争に引き込むために敢行されたのが、9・11ではなかったかと思うわけです。
米国も、政治的にはプラグマティックに対応していますが、
少なくとも9・11以後の米国は、多分にセンシティブになりました。
それゆえワードポリティクス上は極めて危うい発言が飛び出し、
それらの発言は、過激派が世界観・価値観闘争に引き込むために利用しかねないものにすらなっています。
イスラム教の宗教的なシンボル体系の中に米国を何とかして位置付ける努力は、
これまでもなされてきました。
手っ取り早いのは米国をイスラエル・シオニズムと同一視することです。
「イスラエルによって実際には支配されている米国」という構図を描き、
迂廻する形で米国に宗教的な負の属性を与えることなんかがそうだと思います。
これが甚だしかったのがイラクのプロパガンダ放送。
米国に言及した後には必ずと言っていいほどシオニズムという言葉が、
文脈をまったく無視した形でくっついてくる。
米国の話をしているのかイスラエルの話をしているのか定かにしていない放送もある。
ちょうど「われらが偉大なる指導者、サッダームフセイン」という後に、
「神よ、彼を守り給え」という言葉がくっつくような感じで、
米国とシオニズムはセットになる。
かつては、このような訴えにはムリがあるなぁと感じられもしたけれど、ブッシュ政権が9・11以後行った政策転換により、こうした訴えが信憑性を持ってイスラム社会の人たちに受け止められてしまうような環境が生まれてしまったようにも感じる。
過激派が世界観・価値観闘争にすることで、自陣の同調者を増やすことを狙っているのであれば、
テロとの戦いで重要なことは、過激派への同調者を増やさないための努力ではないかとも思うんです。
基本的に、イスラム社会の人たちの欧米諸国に抱く期待感はとても大きい。
結局のところ、イスラム社会が抱える問題は、欧米、とりわけ超大国である米国の関与なしには解決し得ないと
ほとんどの人が認識していると思うんです。
しかし、そのイスラム社会の人たちの期待が裏切られると、彼らは「理解不能」の思いを強めるようです。
絶大な力を持つはずの米国が、宗教的には絶対的に善であるイスラム社会を支援しないなんて事態は、彼らにとって本当に理解できないことのようだし、承服もできないことであるようなので。
で、彼らの期待が裏切られると、米国の覇権を宗教的な悪の勢力の覇権として理解する解釈が登場し、その解釈が力を強めてしまう。
もし、テロとの戦いが利他性と利己性の衝突であるとイスラム社会の人たちからも、その他の人たちからも理解されているのなら、過激派への同調者を増やさないことに成功すると思うのです。
でも、今のテロとの戦いの
【ビンラディン等の役割は、いわば初代の”親”の役割で、それ以外は全て”子”としての役割しか担っていない(故に、ネットワークの構造は緩やかで曖昧なものなる)、そしてその戦略性の行き着く先には如何なる具体的モノの実現も、大儀も本質的には存在していないだけではなく、その連続性さえ個人の”生存時間=それさえも神から与えられたモノとしてある”内に限られたものでしかなく、テロ行為の連続性は存在しても”その場所での連続性”等はその個人の尺度だけで終わってしまっている。
(9.11が米国への神からの鉄槌の始まりであるとするならば、その後も米国を崩壊させる迄?継続されてしかるべきものが、その警備体制のレベルの問題とは関係なく、全く行われてないことが連続性等のの認識が無いことを証明していると考えます)】
上記のお話。
僕は非常に重要だと思いました。
貴重な意見でした。
有り難う御座います。
実は、ビンラディン側も何がしたいのかよく分かっていないとのお考えには僕も同意します。
強烈に意識しているはずの来世についても、何なんだかよく分かっていないだろうに、そのなんだかよく分からないもののために、なかば狂信的な行為に出てしまうところに、過激派の悲しさがあるように思います。
それでも戦い続けるためにビンラディンに残されている道は、米国を、「十字軍」のような宗教的なシンボル体系の中に位置づけ、世界観・価値観闘争の土俵に乗っけることで、自陣に同調する者を増やすことしかないだろうと思うのです。
が、当の米国はプラグマティックなため、「反十字軍」を叫んでみてものれんに腕押し。
その中で、なんとか米国(その他の諸国を含む世界)を価値観・世界観闘争に引き込むために敢行されたのが、9・11ではなかったかと思うわけです。
米国も、政治的にはプラグマティックに対応していますが、
少なくとも9・11以後の米国は、多分にセンシティブになりました。
それゆえワードポリティクス上は極めて危うい発言が飛び出し、
それらの発言は、過激派が世界観・価値観闘争に引き込むために利用しかねないものにすらなっています。
イスラム教の宗教的なシンボル体系の中に米国を何とかして位置付ける努力は、
これまでもなされてきました。
手っ取り早いのは米国をイスラエル・シオニズムと同一視することです。
「イスラエルによって実際には支配されている米国」という構図を描き、
迂廻する形で米国に宗教的な負の属性を与えることなんかがそうだと思います。
これが甚だしかったのがイラクのプロパガンダ放送。
米国に言及した後には必ずと言っていいほどシオニズムという言葉が、
文脈をまったく無視した形でくっついてくる。
米国の話をしているのかイスラエルの話をしているのか定かにしていない放送もある。
ちょうど「われらが偉大なる指導者、サッダームフセイン」という後に、
「神よ、彼を守り給え」という言葉がくっつくような感じで、
米国とシオニズムはセットになる。
かつては、このような訴えにはムリがあるなぁと感じられもしたけれど、ブッシュ政権が9・11以後行った政策転換により、こうした訴えが信憑性を持ってイスラム社会の人たちに受け止められてしまうような環境が生まれてしまったようにも感じる。
過激派が世界観・価値観闘争にすることで、自陣の同調者を増やすことを狙っているのであれば、
テロとの戦いで重要なことは、過激派への同調者を増やさないための努力ではないかとも思うんです。
基本的に、イスラム社会の人たちの欧米諸国に抱く期待感はとても大きい。
結局のところ、イスラム社会が抱える問題は、欧米、とりわけ超大国である米国の関与なしには解決し得ないと
ほとんどの人が認識していると思うんです。
しかし、そのイスラム社会の人たちの期待が裏切られると、彼らは「理解不能」の思いを強めるようです。
絶大な力を持つはずの米国が、宗教的には絶対的に善であるイスラム社会を支援しないなんて事態は、彼らにとって本当に理解できないことのようだし、承服もできないことであるようなので。
で、彼らの期待が裏切られると、米国の覇権を宗教的な悪の勢力の覇権として理解する解釈が登場し、その解釈が力を強めてしまう。
もし、テロとの戦いが利他性と利己性の衝突であるとイスラム社会の人たちからも、その他の人たちからも理解されているのなら、過激派への同調者を増やさないことに成功すると思うのです。
でも、今のテロとの戦いの
これは メッセージ 55014 (silverlining430 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/55021.html