対イラク武力行使

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2004年秋、フセイン■再考察(2)

投稿者: silverlining551 投稿日時: 2004/10/03 16:05 投稿番号: [54928 / 118550]
<フセインの統治術>

①軍人の追い落とし
バース党が政権の座についたイラクは、軍人が要職を独占し続けてきた。
政権を取るためには軍人の協力は不可欠だったのよね。
結果として、軍人に「軒を貸して母屋を取られる」って事態に陥り続けていたわけだけれど…。

で、若き文民であったフセインが、バース党の最高決定機関であった革命指導評議会の副議長に就任したことは、
バース党内に潜在的に存在していた、軍に対する反発とみごと合致した。

ほんで軍人に代わり、自分の同僚や若手の文民党員を党幹部にさせながら、フセインは党内に自派を確立。
これは、軍人に政権を牛耳られてきたことに対する文民党員の不満を吸い上げることにもつながっていたわけで、
結果として軍人の追い落としに成功する。

②古参のバース党幹部に対する挑戦
フセインより古参のバース党幹部も、彼にとっての目の上のたんこぶ。
そもそもバース党員としての資格を得るのに、めちゃんこ時間がかかっていたのだ。

数年にわたる党員候補としての見習い期間を経て、正式党員になると、数人の党員が集まった小グループが組織化される。
そんで、その組織の中で功績を挙げていくと、幹部に登用される。
で、今度は、幹部どうしが集まった上位組織がつくられる。
そうかと思ったら、幹部グループどうしが集まった支部みたいなのができて、さらにその上に支局ができて
――といった感じで、上部組織が積み重なっていく。

で、それらの上部組織が県別に組織化されると、今度はイラクを北部、中部、南部に分けて地方組織を形成し、
その地方組織の幹部になると、めでたくバース党内の中枢に自分の身を置くことができるようになる。

さらに地方組織に加え、農民部、学生青年部、女性部など、社会層別の専門部が設けられてもいるので、
イラク国民は居住地と社会的ステータスで二重に党に束ねられることになっていた。

で、上記の地方組織と専門部を統括したのがバース党イラク地域指導部だったわけだ。
実質上の党の最高機関だね。

また、地域指導部の上部組織として、各国の地域指導部をまとめる民族指導部があった。
これが最高組織なわけだけれど…。

この民族指導部は、バース党発祥の地であるシリアに置かれていたんだけれど、
1960年代後半にシリアとイラクでバース党どうしが対立してから、イラクは別個に民族指導部を立ち上げ、
シリアとイラクで本家争いをしてきたように思う。

1970年代になると、この民族指導部は有名無実化するんだけれど、フセインはパージするには大物すぎる人物については、
名誉職に追いやったりして、巧妙に党員の新旧交代を成し遂げてしまう。
さらに、名誉職に追いやった大物も、彼は折に触れ、うまいこと利用してきた。
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