>丸山眞男 シルバーさん 2
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/09/21 20:50 投稿番号: [54009 / 118550]
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丸山カルトともいうべきファンが多いのも、彼がストイックなまでに学者としてのあるべき姿を、自らの身をもって見せ続けていたことにあります。
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身勝手なストイックですね。まあ、それ自体を馬鹿にする訳じゃないですし、丸山正男を貶めようとする訳じゃない。また、どれだけ理解しているか、といえば、殆ど理解していないでしょう。でも、勘なのです。神様と言われるような人が、そして学問のプロに向けられていたとして、立派な学問のプロが輩出しているでしょうか。なるほど、日本には見事な知の集団が育っているでしょうか。その人たちがいる限り、私たちは、大きく道を誤らないと感じていられるような、学問のプロが育っているのでしょうか。結果がすべてを語っているじゃないですか。そうして、日本の人材はここまで劣化してしまった。大学がしっかり学問を深める場所ではなくなってしまっている…、という事態が何故、おきているのでしょうか。大学の崩壊が言われて久しいじゃないですか。それでは学問が自慰行為になってしまいますよね。
丸山正男批判というより、丸山正男の呪縛に掛かった人たちに、呆れた…。なんか変というのが、むしろ私の感覚です。丸山正男を持ち上げた人たちへの疑問ですね。そこには、知の劣化しか見えない。知の抽象化しか見えないんですね。
また、一方の知の巨人のなかに入っていると思いますけど、小林秀雄ですね。小林秀雄を評価しないか、というとそれとは違うのは丸山正男と同じなんですが、小林秀雄、丸山正男はそれでいんです。彼らを引きづり落とそうというんじゃない。彼らは彼らで評価していいんです。
問題は、小林秀雄の呪縛に掛かってしまっている人も多かった。そっちなんですね。
硬直化してしまっている…。私など、あまり呪縛に掛かっていない。掛かっていない状態で、小林秀雄が扱っていたテーマと重層する事象について、平気で話したりする。そして、小林秀雄の呪縛に掛かっていない人間の目を通すと、改めて見えてく事、視野の拡がりにびっくりしてくださる、まあ、偉い先生もいたりしますね。私が偉いとか立派とか、キチンとした論を述べているというんじゃない。只の勘的な所見です。え、そんな視点があったの、聖域としてなかなか入っていけない人が多い事柄に、気軽に入ってしまって、まあ、チャチではあっても破綻しないのに、びっくりされたりしますね。大熊信行とか、谷川徹三など、晩年にちょっと接した先生ですが、あら、それに気付いているのは、日本ではあなたが始めてですよ、私の知っている限り…、などの言葉がでる…。まあ、私が20分位話したことを、引き継いで、4コマ位には直ぐに膨らませることができる実力の相違はあるわけですけど、私が話していることを軸にして展開して見せてくださったりする…。
丸山正男がそんな知の巨人ならば、日本の学問の一角に、それを受け継いで、その薫陶を受けて、優れた知の集団を形成していてもいいじゃないですか。そういうのは聞かないですよね。まあ、その人たちが日本を、あるいは世界を救う道を開いていれば、それでいいんですけどね。どうもそんな感覚はない。これって、私が無知なだけですか。
まあ、こういう人を過大評価して、ふりまわされると、世の中、奇怪しくなるのじゃないのかな。
医学があって、医療がない、といわれる医学の世界も同じかも知れません。医学もどれだけの人を救ってナンボじゃないですか。
学問があって、人間がいない、ということかも知れないですね。これって知の衰退じゃないですか。知能の退化じゃないですか。江戸時代の知識人に較べて、現在の知識人って、何か抽象化してしまって、知能の退化を感じませんか。
足元の現実の解決にキチンと結びつく思想…。これって、実にエネルギーがいりますからね。人間に直接関わるのは、心的エネルギーが机上の作業などに較べると、比較にならないほどいるんかないですか。そこから逃げていると、呪縛にかかるような気もしているんですね。マルクスが提唱した実践哲学は何処に行ったのでしょう。根本的な疑問ですわ。
(まだ、続く)
丸山カルトともいうべきファンが多いのも、彼がストイックなまでに学者としてのあるべき姿を、自らの身をもって見せ続けていたことにあります。
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身勝手なストイックですね。まあ、それ自体を馬鹿にする訳じゃないですし、丸山正男を貶めようとする訳じゃない。また、どれだけ理解しているか、といえば、殆ど理解していないでしょう。でも、勘なのです。神様と言われるような人が、そして学問のプロに向けられていたとして、立派な学問のプロが輩出しているでしょうか。なるほど、日本には見事な知の集団が育っているでしょうか。その人たちがいる限り、私たちは、大きく道を誤らないと感じていられるような、学問のプロが育っているのでしょうか。結果がすべてを語っているじゃないですか。そうして、日本の人材はここまで劣化してしまった。大学がしっかり学問を深める場所ではなくなってしまっている…、という事態が何故、おきているのでしょうか。大学の崩壊が言われて久しいじゃないですか。それでは学問が自慰行為になってしまいますよね。
丸山正男批判というより、丸山正男の呪縛に掛かった人たちに、呆れた…。なんか変というのが、むしろ私の感覚です。丸山正男を持ち上げた人たちへの疑問ですね。そこには、知の劣化しか見えない。知の抽象化しか見えないんですね。
また、一方の知の巨人のなかに入っていると思いますけど、小林秀雄ですね。小林秀雄を評価しないか、というとそれとは違うのは丸山正男と同じなんですが、小林秀雄、丸山正男はそれでいんです。彼らを引きづり落とそうというんじゃない。彼らは彼らで評価していいんです。
問題は、小林秀雄の呪縛に掛かってしまっている人も多かった。そっちなんですね。
硬直化してしまっている…。私など、あまり呪縛に掛かっていない。掛かっていない状態で、小林秀雄が扱っていたテーマと重層する事象について、平気で話したりする。そして、小林秀雄の呪縛に掛かっていない人間の目を通すと、改めて見えてく事、視野の拡がりにびっくりしてくださる、まあ、偉い先生もいたりしますね。私が偉いとか立派とか、キチンとした論を述べているというんじゃない。只の勘的な所見です。え、そんな視点があったの、聖域としてなかなか入っていけない人が多い事柄に、気軽に入ってしまって、まあ、チャチではあっても破綻しないのに、びっくりされたりしますね。大熊信行とか、谷川徹三など、晩年にちょっと接した先生ですが、あら、それに気付いているのは、日本ではあなたが始めてですよ、私の知っている限り…、などの言葉がでる…。まあ、私が20分位話したことを、引き継いで、4コマ位には直ぐに膨らませることができる実力の相違はあるわけですけど、私が話していることを軸にして展開して見せてくださったりする…。
丸山正男がそんな知の巨人ならば、日本の学問の一角に、それを受け継いで、その薫陶を受けて、優れた知の集団を形成していてもいいじゃないですか。そういうのは聞かないですよね。まあ、その人たちが日本を、あるいは世界を救う道を開いていれば、それでいいんですけどね。どうもそんな感覚はない。これって、私が無知なだけですか。
まあ、こういう人を過大評価して、ふりまわされると、世の中、奇怪しくなるのじゃないのかな。
医学があって、医療がない、といわれる医学の世界も同じかも知れません。医学もどれだけの人を救ってナンボじゃないですか。
学問があって、人間がいない、ということかも知れないですね。これって知の衰退じゃないですか。知能の退化じゃないですか。江戸時代の知識人に較べて、現在の知識人って、何か抽象化してしまって、知能の退化を感じませんか。
足元の現実の解決にキチンと結びつく思想…。これって、実にエネルギーがいりますからね。人間に直接関わるのは、心的エネルギーが机上の作業などに較べると、比較にならないほどいるんかないですか。そこから逃げていると、呪縛にかかるような気もしているんですね。マルクスが提唱した実践哲学は何処に行ったのでしょう。根本的な疑問ですわ。
(まだ、続く)
これは メッセージ 54008 (moriya99 さん)への返信です.
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