>>>>レッテル張りのパピヨンさん Ⅱ
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2004/09/08 23:43 投稿番号: [53100 / 118550]
続き
≪ 下記は朝日新聞のasahi.comに掲載されたもの ≫
http://www2.asahi.com/special/iraqattack/empire/030729.html
******************************************************************************************
一つの映像が「帝国の勝利」のシンボルとして世界を駆けめぐった。
バグダッドに侵攻した米海兵隊に引き倒されるフセイン像。
ブッシュ米大統領は「倒したぞ」と叫んだ。
一方、中東では「侵略の象徴」と受けとめた人が多かった。
だが、繰り返し流された映像から、抜け落ちている事実がある。
最初に像を倒そうとしたのは、近くに住むイラク人たちだった。
朝日新聞は現地取材で、中心的な役割を果たしたイラク人らの証言を得た。
開戦21日目の4月9日午後4時ごろ、バグダッド中心部。
電気工のハイダル・アブドルザハラ(27)は「米軍が来た」という叫び声に家を飛び出した。
通りに米軍の装甲車が見える。親友を呼んだ。「約束を実行する時だ」
彼は戦争前から近くに住む親友たちと「戦争で体制が倒れたら、おれたちはあのフセイン像を倒そう」
と話し合っていたのだ。
ハイダルはイスラム教シーア派だった。シーア派はイラク人口の65%を占めるが、
フセイン体制下で抑圧されてきた。
南部バスラ出身で高卒のハイダルは、兵役を終えた2年前にバグダッドに移り住んだが、
技能にふさわしい職は得られず、アパートの守衛で生活費をかせいでいた。
「フセイン体制では何も希望がなかった」のだ。
フセイン像は、彼らの家から歩いて約5分のフィルドウス広場に立っていた。
その真ん前に外国メディアの宿泊所であるパレスチナ・ホテルがあり、屋上などにTVカメラが並んでいた。
ハイダルは友人とともに8人で広場に向かった。周辺の道路は米軍の戦車と装甲車などで埋められていた。
彼らが広場に着いた最初のイラク人だったが、その後も続々と集まり、30人以上になった。
「倒せ、倒せ、サダム」と沸き上がる大合唱。
そのなかでハイダルらの知らない筋肉隆々の男が一心不乱に、フセイン像の立つ台座に、
ハンマーを打ち下ろしていた。=敬称略
●チャンピオン
フセイン像の台座部分にハンマーを打ちつけていたのは、イラクの元重量挙げチャンピオン、
カジム・シャリフ(46)だった。
彼は広場から1キロほど北で自動車販売・修理業を営んでいた。
「米軍がバグダッド北部のサダムシティーに入った」というニュースを衛星テレビで見た。
突然、「フセイン像を自分の手で壊そうという思いがこみ上げてきた」という。
70年代から90年代にかけて、重量挙げのイラク代表として、アジア大会や世界マスターズ選手権に出場した。
が、「売買した車の中に治安警察所有のものがあった」という心当たりのない容疑をかけられ、9年の実刑に。
恩赦を得られたものの、結局1年半服役した。
選手時代も、オリンピック委員会会長を務めるフセイン元大統領の長男ウダイが、国際大会で良い成績を
出せなかった監督や選手を辞めさせるなど、好き放題するのを見てきた。
この日朝から、イラク兵やバース党民兵の姿は通りから消えていた。市中心部の政府施設では略奪が始まっていた。
旧秩序は崩壊したのだ。
カジムは言った。
「ある者は銀行のドアを壊しに行った。私はフセイン像を壊しに出た。それが私の最も望んだことだからだ」
------------------------------------ - 省略 ----------------------------------------------------------------------
●広場の夢
倒れた像に人々が群がった。ハサンもサンダルで頭をたたいた。
「サダムは終わりだ。独裁は終わりだ」と叫び続けた。
イラク人は自力で倒すことができず、最後は米軍が倒した。しかし、ハイダルはこう思う。
「米軍はイラク軍の抵抗も民衆の抵抗も受けずにバグダッドに入った。
イラク人がフセイン政権を見放していたからだ。私たちがフセイン像を倒そうと考えた。
米国は最後に手を貸しただけだ」
戦後、ハリドのところに外国人ジャーナリストが来て、「像を倒したのは米軍から金をもらったからだろう」
としつこく質問した。
ハリドが否定してもまた同じ問いを繰り返した。
彼らにとって像が立つ広場は、涼しい夜に仲間たちと集う場だった。
「息苦しい体制のもとで、この像が倒れる日を私たちはひそかに語り合い、夢見てきた。
なぜ、私たちが夢を実現させるために自ら動いたことを信じないのか」(敬称略)
≪ 下記は朝日新聞のasahi.comに掲載されたもの ≫
http://www2.asahi.com/special/iraqattack/empire/030729.html
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一つの映像が「帝国の勝利」のシンボルとして世界を駆けめぐった。
バグダッドに侵攻した米海兵隊に引き倒されるフセイン像。
ブッシュ米大統領は「倒したぞ」と叫んだ。
一方、中東では「侵略の象徴」と受けとめた人が多かった。
だが、繰り返し流された映像から、抜け落ちている事実がある。
最初に像を倒そうとしたのは、近くに住むイラク人たちだった。
朝日新聞は現地取材で、中心的な役割を果たしたイラク人らの証言を得た。
開戦21日目の4月9日午後4時ごろ、バグダッド中心部。
電気工のハイダル・アブドルザハラ(27)は「米軍が来た」という叫び声に家を飛び出した。
通りに米軍の装甲車が見える。親友を呼んだ。「約束を実行する時だ」
彼は戦争前から近くに住む親友たちと「戦争で体制が倒れたら、おれたちはあのフセイン像を倒そう」
と話し合っていたのだ。
ハイダルはイスラム教シーア派だった。シーア派はイラク人口の65%を占めるが、
フセイン体制下で抑圧されてきた。
南部バスラ出身で高卒のハイダルは、兵役を終えた2年前にバグダッドに移り住んだが、
技能にふさわしい職は得られず、アパートの守衛で生活費をかせいでいた。
「フセイン体制では何も希望がなかった」のだ。
フセイン像は、彼らの家から歩いて約5分のフィルドウス広場に立っていた。
その真ん前に外国メディアの宿泊所であるパレスチナ・ホテルがあり、屋上などにTVカメラが並んでいた。
ハイダルは友人とともに8人で広場に向かった。周辺の道路は米軍の戦車と装甲車などで埋められていた。
彼らが広場に着いた最初のイラク人だったが、その後も続々と集まり、30人以上になった。
「倒せ、倒せ、サダム」と沸き上がる大合唱。
そのなかでハイダルらの知らない筋肉隆々の男が一心不乱に、フセイン像の立つ台座に、
ハンマーを打ち下ろしていた。=敬称略
●チャンピオン
フセイン像の台座部分にハンマーを打ちつけていたのは、イラクの元重量挙げチャンピオン、
カジム・シャリフ(46)だった。
彼は広場から1キロほど北で自動車販売・修理業を営んでいた。
「米軍がバグダッド北部のサダムシティーに入った」というニュースを衛星テレビで見た。
突然、「フセイン像を自分の手で壊そうという思いがこみ上げてきた」という。
70年代から90年代にかけて、重量挙げのイラク代表として、アジア大会や世界マスターズ選手権に出場した。
が、「売買した車の中に治安警察所有のものがあった」という心当たりのない容疑をかけられ、9年の実刑に。
恩赦を得られたものの、結局1年半服役した。
選手時代も、オリンピック委員会会長を務めるフセイン元大統領の長男ウダイが、国際大会で良い成績を
出せなかった監督や選手を辞めさせるなど、好き放題するのを見てきた。
この日朝から、イラク兵やバース党民兵の姿は通りから消えていた。市中心部の政府施設では略奪が始まっていた。
旧秩序は崩壊したのだ。
カジムは言った。
「ある者は銀行のドアを壊しに行った。私はフセイン像を壊しに出た。それが私の最も望んだことだからだ」
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●広場の夢
倒れた像に人々が群がった。ハサンもサンダルで頭をたたいた。
「サダムは終わりだ。独裁は終わりだ」と叫び続けた。
イラク人は自力で倒すことができず、最後は米軍が倒した。しかし、ハイダルはこう思う。
「米軍はイラク軍の抵抗も民衆の抵抗も受けずにバグダッドに入った。
イラク人がフセイン政権を見放していたからだ。私たちがフセイン像を倒そうと考えた。
米国は最後に手を貸しただけだ」
戦後、ハリドのところに外国人ジャーナリストが来て、「像を倒したのは米軍から金をもらったからだろう」
としつこく質問した。
ハリドが否定してもまた同じ問いを繰り返した。
彼らにとって像が立つ広場は、涼しい夜に仲間たちと集う場だった。
「息苦しい体制のもとで、この像が倒れる日を私たちはひそかに語り合い、夢見てきた。
なぜ、私たちが夢を実現させるために自ら動いたことを信じないのか」(敬称略)
これは メッセージ 53056 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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