本音で戦争を語り合うことから2
投稿者: battamother 投稿日時: 2004/08/26 03:08 投稿番号: [52014 / 118550]
アメリカの多くの人達は、ベトナム戦争の誤りを認めている。ドイツの国民は、ナチスのユダヤ人に対する仕打ちを深く反省している。
残念なことだが、アジアの人々は、まだ日本を心から信じ切るところまでいっていないようだ。戦後の60年間、アジア諸国から見れば、日本は絶えず矛盾した行動をとってきたように見える。
例えば、太平洋戦争の責任問題にしても、政府が正式に謝罪して、反省の意志を表明する。
しかし、その一方で、『慰安婦問題はなかった』、『南京大虐殺は反日のプロパガンダに過ぎない』、『教科書から侵略の文字を消せ』などと、あらゆる面で違った立場をとる人達が居る。
香港の友達のお父さんが教えてくれた。
『日本軍が事情を吐かせるためによく使った手段は、校庭に人を逆さ吊りにして、口から水を流し込むことだったよ』
内蔵が破裂するほど水を飲ませる。口や鼻、目からも水が吹き出るほど水を飲ませ、たとえその人が耐えられなくなって死んでしまっても、そのまま吊して見せしめにしたという。
日本軍が香港にいたわずか3年8ヶ月。その間に、香港を離れる人、死んだ人も含めて、人口は半分に減ったそうだ。
南京大虐殺を始め、中国人に対する化学兵器や生物兵器の人体実験は有名な話だが、香港のテレビ関係者が見せてくれた写真が、私には一番恐ろしかった。それは、日本刀の切れ味を試すために、中国人を並ばせて、軍人が一人ずつ首を斬っていくというものだった。
その他にも、集団暴行や、村ごとの虐殺という話も、生き残った人達から聞くことができた。
魔が差したのかどうかは分からないが、同じ人間にそんな残酷な行為をするなんて、信じられない。
『戦争とは、そういうものだ。戦争の狂気は世界中どこでも同じで、こういうことはよくあることだ』と、平然と言い放つ人もいる。
しかし、実際にそうして被害に遭った人達、肉親や友達が犠牲になった人達を自分の前にして、果たして同じ事が言えるだろうか?加害者の側は、そうしたできごとは一日でも早く忘れたいと思う。でも、被害を受けた側は、どうしても忘れることができない。それは当然だと、私は思った。
靖国神社の問題でも、忘れた頃に首相が率先して参拝に出かけていく。それが外国から非難されると、誰かが出てきて言い訳をする。そして、次の年には、また参拝に出かけて行く。
いったい、どっちが日本の本当のメッセージなのか分からない。こうした矛盾に対して、国民もただ黙っているようにしかみえない。
日本はアジアの国々に迷惑をかけたと謝罪したが、戦後60年が経ち、そのニュアンスは微妙に変化しているように思う。
『謝ったんだから、もういいだろう。これ以上謝罪するのは、自虐的だ』というような論調は、被害国の痛みを逆なでするものだ。謝罪したからといって、過去の事実がなくなるものではない。その反省の上に立って謙虚に振る舞ってこそ、本当の未来が開けてくるのだ。
残念なことだが、アジアの人々は、まだ日本を心から信じ切るところまでいっていないようだ。戦後の60年間、アジア諸国から見れば、日本は絶えず矛盾した行動をとってきたように見える。
例えば、太平洋戦争の責任問題にしても、政府が正式に謝罪して、反省の意志を表明する。
しかし、その一方で、『慰安婦問題はなかった』、『南京大虐殺は反日のプロパガンダに過ぎない』、『教科書から侵略の文字を消せ』などと、あらゆる面で違った立場をとる人達が居る。
香港の友達のお父さんが教えてくれた。
『日本軍が事情を吐かせるためによく使った手段は、校庭に人を逆さ吊りにして、口から水を流し込むことだったよ』
内蔵が破裂するほど水を飲ませる。口や鼻、目からも水が吹き出るほど水を飲ませ、たとえその人が耐えられなくなって死んでしまっても、そのまま吊して見せしめにしたという。
日本軍が香港にいたわずか3年8ヶ月。その間に、香港を離れる人、死んだ人も含めて、人口は半分に減ったそうだ。
南京大虐殺を始め、中国人に対する化学兵器や生物兵器の人体実験は有名な話だが、香港のテレビ関係者が見せてくれた写真が、私には一番恐ろしかった。それは、日本刀の切れ味を試すために、中国人を並ばせて、軍人が一人ずつ首を斬っていくというものだった。
その他にも、集団暴行や、村ごとの虐殺という話も、生き残った人達から聞くことができた。
魔が差したのかどうかは分からないが、同じ人間にそんな残酷な行為をするなんて、信じられない。
『戦争とは、そういうものだ。戦争の狂気は世界中どこでも同じで、こういうことはよくあることだ』と、平然と言い放つ人もいる。
しかし、実際にそうして被害に遭った人達、肉親や友達が犠牲になった人達を自分の前にして、果たして同じ事が言えるだろうか?加害者の側は、そうしたできごとは一日でも早く忘れたいと思う。でも、被害を受けた側は、どうしても忘れることができない。それは当然だと、私は思った。
靖国神社の問題でも、忘れた頃に首相が率先して参拝に出かけていく。それが外国から非難されると、誰かが出てきて言い訳をする。そして、次の年には、また参拝に出かけて行く。
いったい、どっちが日本の本当のメッセージなのか分からない。こうした矛盾に対して、国民もただ黙っているようにしかみえない。
日本はアジアの国々に迷惑をかけたと謝罪したが、戦後60年が経ち、そのニュアンスは微妙に変化しているように思う。
『謝ったんだから、もういいだろう。これ以上謝罪するのは、自虐的だ』というような論調は、被害国の痛みを逆なでするものだ。謝罪したからといって、過去の事実がなくなるものではない。その反省の上に立って謙虚に振る舞ってこそ、本当の未来が開けてくるのだ。
これは メッセージ 52013 (battamother さん)への返信です.
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