戦争の残した傷痕
投稿者: battamother 投稿日時: 2004/08/26 02:06 投稿番号: [52007 / 118550]
私は被爆二世です。≪両親がそうとう年いってからの子です。年の為。(^^)≫
当時、母はにわか長崎に居た。原爆投下の瞬間、空がぴかっと光った。母は死のエリア内にいた。たまたまシルクのブラウスを着ていたのが幸いしてか、奇跡的に命拾いした。赤と白の水玉模様のシルクのブラウスの、赤い部分だけが光を通し、水玉模様に沿って母は背中に被爆した。
母の背中に転々とある赤いぶつぶつ。一見ただの吹き出物ぐらいにしか見えない。しかし、それは原爆による放射能が浸透している為に、しばしばそこから出血していた。放射能治療をしても、いかなる薬を処方しても治ることのない病だった。一度原爆病が出て、歯茎から膿がでたりの重篤な状態になったとも聞いた。それが再発した際には母の命の保証はない。
その事実を聞き、幼心に胸を痛めた。人一倍感受性の強かった私は、明日にも母が死ぬのではないだろうか―そんな不安と背中合わせの日々を送った。(今もって母は健在だが)
『愛する者の死への恐怖』――私の心の原点がここにある。
しかし、原爆を落としたアメリカに対しては何ら憎悪の感情は抱かなかった。今ももちろんそうだ。
であればこそ、反日国家が何故あれほどに済んだ過去のことをいつまでも怨み、怒り続け、靖国神社参拝にあれほどまでも過敏に反応するにか全く理解できなかった。
その時代の経験者ならまだしも、なぜ子々孫々にまでその憎悪を伝え続けるのか。
そんなことでは永遠に憎しみの連鎖は断ち切れないではないか。ずっとそう思っていた。
ところが、今回アグネス・チャンさんの本を読んで、その辺の背景が私なりに分かるようになった。
それをトピを改めて、ご紹介したいと思います。(まとめるのがちょい難しい)
またもや蛇足ながら、かつて私が詠んだお歌を一首(^^)
『戦争を知る由もなき我なれど
被爆の痕の母の背にあり』
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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