日本のマスコミに潜む構造的病弊 2
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/08/20 11:56 投稿番号: [51405 / 118550]
騙す方に加担する構造があるんですね。
これは政府だけではない。政治団体に騙されやすい。まあ、自国の権力の監視、暴走を防ぐ。それに熱心なのはいい。そうした政体に同調するのもいい。だが、その政体が外国の日本攻撃派と結託してしまう、弱さ。それまで付いて行ってしまって、自国の権力の堕落を防止するのと、外国の勢力と結託するのとは、確実な一線があるのを忘れて、日本をとんでもなくしている政治勢力の太鼓モチまで日本のマスコミはやってしまっていた。なるほど、一部は功績があっただろう、この功績に目が眩んで、どんでもない過ちを冒しているのを修正できなかったマスコミがいますね。靖国神社参拝問題とか、君が代、国旗掲揚問題などが起きるのは、一体なんなのだ、と思う。何か根源が間違っているようですけど、子供が荒れ、引きこもりが起き、モノトリアム人口が急増して、もう、廃墟の中に立っている状態なのに、まだやっている人がいる…。わが姿が見えていない。さすがに、拉致問題で、駄目押しが出た状態なんですけど…。
日本の知識人とは、何だったのか。
まあ、ノンポリなどと言われるのを甘受しながら、その流れとは別の視点で仕事を続けてきた人たちもいるんですけど、まだ、しっかりとは、クローズアップされない。評価されるところまではきていない。まあ、ぼんやりとその視野の確かさ、を感じ始めている人はマスコミの中にもいるんですけど、きちんと手を入れれない。
とくに、マスコミが権力に飼い馴らされ、と同時に、権力に対抗する振りの人たちにも飼い馴らされ、自立できないままですね。自らの魂がない。
最近の朝鮮日報などを見ていると、何か日本のマスコミより気が確かなものを感じるのは何なのだろう、と思っている。
まあ、基本的に新聞記者など馬鹿にしてないつもりなんですけど、構造的に何かが奇怪しい。これは非常に怖いことじゃないかな、と思うのですけど、なかなか、方向が見えてこないですね。負の方向に向かうとき、一億総なんとかは嫌ですからね。そのお先棒をマスコミが担ぐのは、二度とやって欲しくない。太平洋戦争で国民が味わっった惨状は二度と味わってはいけないものだ。戦争は人の心を腐らせる。数代に渡って、人の心を腐らせる。マスコミ人にもっと広い視野を…。独自の広い視野を…、と迫りたいのは私だけなのかな。
所詮は暖衣飽食の結果か、という視点に立つと衰亡史が恐怖の前例として迫ってくるのですけどね。
まあ、他国の報道の真似をしろ、というのではない。だが、もうちょっと、魂が感じられてもいいんじゃないかな。露骨なものは要らない。だが、どこかに潜む言論機関としての独自性とそれを支える魂があった方がいいよ。
新聞記者がある程度、視野が短いのは宿命かも知れないが、情報を権力からしかとれない。ただ、権力側からとる情報は確かに豊富だ。その情報量の多さの優位に溺れてしまったまま思考形態から出られないは感心しない。情報量が多いというだけの、単なるスペシャリストじゃ困るんだよなあ。ミイラとりがミイラになる所以ですね。
これは政府だけではない。政治団体に騙されやすい。まあ、自国の権力の監視、暴走を防ぐ。それに熱心なのはいい。そうした政体に同調するのもいい。だが、その政体が外国の日本攻撃派と結託してしまう、弱さ。それまで付いて行ってしまって、自国の権力の堕落を防止するのと、外国の勢力と結託するのとは、確実な一線があるのを忘れて、日本をとんでもなくしている政治勢力の太鼓モチまで日本のマスコミはやってしまっていた。なるほど、一部は功績があっただろう、この功績に目が眩んで、どんでもない過ちを冒しているのを修正できなかったマスコミがいますね。靖国神社参拝問題とか、君が代、国旗掲揚問題などが起きるのは、一体なんなのだ、と思う。何か根源が間違っているようですけど、子供が荒れ、引きこもりが起き、モノトリアム人口が急増して、もう、廃墟の中に立っている状態なのに、まだやっている人がいる…。わが姿が見えていない。さすがに、拉致問題で、駄目押しが出た状態なんですけど…。
日本の知識人とは、何だったのか。
まあ、ノンポリなどと言われるのを甘受しながら、その流れとは別の視点で仕事を続けてきた人たちもいるんですけど、まだ、しっかりとは、クローズアップされない。評価されるところまではきていない。まあ、ぼんやりとその視野の確かさ、を感じ始めている人はマスコミの中にもいるんですけど、きちんと手を入れれない。
とくに、マスコミが権力に飼い馴らされ、と同時に、権力に対抗する振りの人たちにも飼い馴らされ、自立できないままですね。自らの魂がない。
最近の朝鮮日報などを見ていると、何か日本のマスコミより気が確かなものを感じるのは何なのだろう、と思っている。
まあ、基本的に新聞記者など馬鹿にしてないつもりなんですけど、構造的に何かが奇怪しい。これは非常に怖いことじゃないかな、と思うのですけど、なかなか、方向が見えてこないですね。負の方向に向かうとき、一億総なんとかは嫌ですからね。そのお先棒をマスコミが担ぐのは、二度とやって欲しくない。太平洋戦争で国民が味わっった惨状は二度と味わってはいけないものだ。戦争は人の心を腐らせる。数代に渡って、人の心を腐らせる。マスコミ人にもっと広い視野を…。独自の広い視野を…、と迫りたいのは私だけなのかな。
所詮は暖衣飽食の結果か、という視点に立つと衰亡史が恐怖の前例として迫ってくるのですけどね。
まあ、他国の報道の真似をしろ、というのではない。だが、もうちょっと、魂が感じられてもいいんじゃないかな。露骨なものは要らない。だが、どこかに潜む言論機関としての独自性とそれを支える魂があった方がいいよ。
新聞記者がある程度、視野が短いのは宿命かも知れないが、情報を権力からしかとれない。ただ、権力側からとる情報は確かに豊富だ。その情報量の多さの優位に溺れてしまったまま思考形態から出られないは感心しない。情報量が多いというだけの、単なるスペシャリストじゃ困るんだよなあ。ミイラとりがミイラになる所以ですね。
これは メッセージ 51401 (moriya99 さん)への返信です.
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