日本のマスコミに潜む構造的病弊 1
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/08/20 11:37 投稿番号: [51401 / 118550]
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共同は時事などと同じく、現地から報道を行う気骨のあるメディアだと言われていますが、先々週くらいのニューズウィークで「おかしいぞ!日本のマスコミ」という特集がとられており、共同、時事なども含む大手マスコミによる“馴れ合いジャーナリズム”が示す“深い病根”が浮き彫りにされていました。曰く「重要だが危険な取材はフリージャーナリスト任せ」「一般読者よりも体制側のご機嫌が大事」など日本のメディアの「なれあいジャーナリズム」ぶりに対する痛烈な批判が載せられていました。
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だいたい、この指摘は当たっているんですね。
今回のイラク攻撃などで一番、見えているのは、日本のマスコミが抱える構造的な病弊なんですね。
戦争に巻き込まれるとき、実はこれが一番あぶない。平和ボケして自己崩壊というか、みずから病んでいったのは、マスコミじゃないか、という気がする。
ミイラとりがミイラになるという言葉があるけど、どうもそんな状態…。なれあい、とは言いえて妙なんですけど…。日本政府となれ合い、アメリカと馴れ合い、世界の病弊ともなれ合っている。
外国人記者にも、そう映り始めたというのは重大ですね。マスコミ人も気付いているのでしょうけど、どこから切り崩して再生していったらいいのか、分からないのでしょうね。
最近は、ネットでいろんな国の新聞が読めるようになってきている。ちょっと、外国の新聞などを読んでみると、日本の新聞、マスコミが如何に、マスコミや新聞の使命を忘れた状態になっているか分かりますね。
たとえば、朝鮮日報などをちょっと目を通すだけで、如何に、日本のマスコミが傀儡化しているか気付く。
韓国の場合など、政治をみていると実に危ういところがある…。何か、感情論とか目先論が先行してしまって、どうも自分の首を締めているのじゃないか。自分の位置や姿を客観的に捉えることは出来ないのか、という疑問が払拭できない。当事者能力はどうなっているのか、あるのか、とさえ感じるものがある。
だが、新聞に載る記事内容をみていると、これが偉いんですね。政治家の方針ときちんと対峙したことを書いているんですよ。大衆的な言葉でね。要するに骨がある…。
これは一体なんなのでしょうかね。マスコミという表層だけをなぞっても論評はできるのですけど、どうもそれだけじゃないのかも知れない。
どうも、国民の「お上」というものに関する感じ方、考え方が違う。
中国とか、韓国とか、イラク攻撃や北朝鮮問題で、少し触れる機会が起きてみると、どうも、この二つの国の国民は、どうも、西欧とも日本とも、政府、政治家、権力に関する感性が違うんですね。対峙の仕方が違う。マスコミが一応、言論機関になっているんですね。
どうも、「お上」を信用していない。お上に対して、纏まった抵抗はしない。ある程度は染まっていくんですけど、本心では信用していない、国に対する帰属意識を上回る個人主義があるように感じますね。
日本人の方は、どこかに「長いものにはまかれろ」があるし、共同体への帰属意識が高い…。パイを良くしなければ、個人の生活の向上も多寡が知れているという意識が当然のようにある…。日本のために…。共同体のために…。これが当たり前のように働いてきている。
この違いは大きい。社会全体が浮上するときには、日本人式権力対応方式は、良質の力を発揮する…。おそらく、西欧の植民地化を防いだのも、いち早く西欧化、先進国化に成功したのも、戦後日本の目覚ましい復活も、日本人のこの資質によるところが大きいように見える。よく考察してみると、共産化するような下地がもともとない、民族なのかな、というところまで行き着く。そんな制度をとり入れなくても、もともと自由のなかに組み入れて持っている。これが民主化とマッチすると意外に強い。上等なことをやる。
だが、負の部分、暗い部分が肥大化するときには、どうも修正能力が低い。拉致事件などの発生とその後の対応など呆れるばかりの恥部だが、これに対する反応が鈍い。マスコミが一番、鈍い。政府が隠蔽すれば、それを暴く力どころか、隠蔽に気づき取り組む下地すらない。政府に騙されやすい構造があるのだ。
(続く。どうもこの問題、手をつけると簡単に纏まるようなものじゃないんだな。)
共同は時事などと同じく、現地から報道を行う気骨のあるメディアだと言われていますが、先々週くらいのニューズウィークで「おかしいぞ!日本のマスコミ」という特集がとられており、共同、時事なども含む大手マスコミによる“馴れ合いジャーナリズム”が示す“深い病根”が浮き彫りにされていました。曰く「重要だが危険な取材はフリージャーナリスト任せ」「一般読者よりも体制側のご機嫌が大事」など日本のメディアの「なれあいジャーナリズム」ぶりに対する痛烈な批判が載せられていました。
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だいたい、この指摘は当たっているんですね。
今回のイラク攻撃などで一番、見えているのは、日本のマスコミが抱える構造的な病弊なんですね。
戦争に巻き込まれるとき、実はこれが一番あぶない。平和ボケして自己崩壊というか、みずから病んでいったのは、マスコミじゃないか、という気がする。
ミイラとりがミイラになるという言葉があるけど、どうもそんな状態…。なれあい、とは言いえて妙なんですけど…。日本政府となれ合い、アメリカと馴れ合い、世界の病弊ともなれ合っている。
外国人記者にも、そう映り始めたというのは重大ですね。マスコミ人も気付いているのでしょうけど、どこから切り崩して再生していったらいいのか、分からないのでしょうね。
最近は、ネットでいろんな国の新聞が読めるようになってきている。ちょっと、外国の新聞などを読んでみると、日本の新聞、マスコミが如何に、マスコミや新聞の使命を忘れた状態になっているか分かりますね。
たとえば、朝鮮日報などをちょっと目を通すだけで、如何に、日本のマスコミが傀儡化しているか気付く。
韓国の場合など、政治をみていると実に危ういところがある…。何か、感情論とか目先論が先行してしまって、どうも自分の首を締めているのじゃないか。自分の位置や姿を客観的に捉えることは出来ないのか、という疑問が払拭できない。当事者能力はどうなっているのか、あるのか、とさえ感じるものがある。
だが、新聞に載る記事内容をみていると、これが偉いんですね。政治家の方針ときちんと対峙したことを書いているんですよ。大衆的な言葉でね。要するに骨がある…。
これは一体なんなのでしょうかね。マスコミという表層だけをなぞっても論評はできるのですけど、どうもそれだけじゃないのかも知れない。
どうも、国民の「お上」というものに関する感じ方、考え方が違う。
中国とか、韓国とか、イラク攻撃や北朝鮮問題で、少し触れる機会が起きてみると、どうも、この二つの国の国民は、どうも、西欧とも日本とも、政府、政治家、権力に関する感性が違うんですね。対峙の仕方が違う。マスコミが一応、言論機関になっているんですね。
どうも、「お上」を信用していない。お上に対して、纏まった抵抗はしない。ある程度は染まっていくんですけど、本心では信用していない、国に対する帰属意識を上回る個人主義があるように感じますね。
日本人の方は、どこかに「長いものにはまかれろ」があるし、共同体への帰属意識が高い…。パイを良くしなければ、個人の生活の向上も多寡が知れているという意識が当然のようにある…。日本のために…。共同体のために…。これが当たり前のように働いてきている。
この違いは大きい。社会全体が浮上するときには、日本人式権力対応方式は、良質の力を発揮する…。おそらく、西欧の植民地化を防いだのも、いち早く西欧化、先進国化に成功したのも、戦後日本の目覚ましい復活も、日本人のこの資質によるところが大きいように見える。よく考察してみると、共産化するような下地がもともとない、民族なのかな、というところまで行き着く。そんな制度をとり入れなくても、もともと自由のなかに組み入れて持っている。これが民主化とマッチすると意外に強い。上等なことをやる。
だが、負の部分、暗い部分が肥大化するときには、どうも修正能力が低い。拉致事件などの発生とその後の対応など呆れるばかりの恥部だが、これに対する反応が鈍い。マスコミが一番、鈍い。政府が隠蔽すれば、それを暴く力どころか、隠蔽に気づき取り組む下地すらない。政府に騙されやすい構造があるのだ。
(続く。どうもこの問題、手をつけると簡単に纏まるようなものじゃないんだな。)
これは メッセージ 51383 (etranger3_01 さん)への返信です.
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