>>靖国神社 カタテ落ちを認めるか
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/08/14 14:48 投稿番号: [50533 / 118550]
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さしずめ、今回のイラク戦争で犠牲になった米軍兵士へ喪に服することは、"中東諸国が反対の意を表明"、"大義なき侵略戦争"として戦争加害民としての自覚が足りないことになります。それとこれとは別問題です。
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靖国参拝問題は、もともと、訳が分からない、というのが私の率直な感想だし、多くの主張や論評が、何か大事なものを隠している、大事な物を伏せたままの議論じゃないか、というわだかまりがあるんですね。
内政干渉じゃないのか、というのもありますけど、
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余りにも【戦争加害国民】としての自覚が無いじゃないですか?
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などと言われると、まあ、内政問題だと突っぱねるには、あまりにも人間の尊厳とか、人権とか、の根本問題に関わりますから、簡単に突っ張れない。
でもね。戦争の加害性とか、非人道性とかは、何も、敗戦国だけがあるのじゃないでしょう。
でも、問題にされているのは、敗戦国の行為だけなんですね。戦争の狂気とか非人道性とか残虐は、もともと、誰がやっても、同じこと…。
いや、むしろ、戦勝国の残虐の方が始末が悪いです。勝ったものは戦争をやめませんからね。その方が問題なんですわ。
敗戦国の加害責任は厳しく問い、責める…。だが、戦勝国の戦争には、残虐や非人道性はないのね、という根本的な疑問…。
これを、敗戦国の人間がいうのは、非常に厄介には違いない。だけど、本当に戦争を厭い、戦争を避ける努力をしたい、という地平で戦争をみるとき、見ない訳にはいかないですよ。戦争の本当の姿を知らない事には、避ける方法やどんな努力が必要か見えてこない。
ま、私の言いたいのは、敗戦国の行為だけが悪いのですか。糾弾されるべきことですか。賠償の対象になるものなんですか。
と問いたい現実なんですね。中国は日本だけの侵略されたのですか。アヘン戦争の結果は何だったのですか。他国を侵略したのは、敗戦国だけですか。少なくとも、そうした者を内包した批難なんでしょうか。批難されることを避けたい訳じゃない。だが、歪んだ批難は、所詮、歪んだ結果しか導かない。もう、この批難を避けるには、再軍備でもして、軍事大国化してしまう。核も保有してしまう。それが一番、早いという、現実もあるんですね。相手を黙らせる一番、良い方法なのかも…。相手を黙らせるということに目的を限れば、そんな極論も笑い話しじゃない。ある意味、アメリカなどがやっていることですしね。
靖国問題は、何か奇形化した枠のなかでしか論じられていない。
だが、いつも、感じるのは、戦争の悲劇をみるとき、戦争の根絶という命題に立ち向かうとき、戦勝国の方こそ、問題なのじゃないかな。勝った者は戦争を止めないですからね。
それこそが問題…。そろそろ、そうした視点から、ものを見る勇気のある人がいてもいいと思う。
ま、靖国問題も政争の道具と言ってしまえばそれまでですけど、時の政府に、世界の潮流といってもいい流れのなかで、己を犠牲にして散っていった人たち、残る者を助けるためと自分に言い聞かせて、犠牲になた人たちの鎮魂が思うに任せない。国家の要請を受け入れた人が足蹴にされる…。一体、国家とは何なのだ、もありますけど、素直に鎮魂もできない現実はどこか異様なんですね。ま、それほど戦争は狂いもの。
戦犯云々というのも、分かったようで分からない。誰からみて戦犯なのでしょうか。国民に塗炭の苦しみを舐めさせた。確かに、問われる責任はあるでしょう。だが、その人たちの意図はそんなに不純だったのでしょうか。
戦勝国には戦犯はいない。例外的な犯罪者はいて糾弾だれることが例外的にあるだけですね。まあ、どの国にも粗暴犯はいるというレベルを越えた扱いじゃないですね。だが、敗戦国となると…。
戦争に加害性があるのなら、誰がやっても悪いんじゃないですか。
20世紀になって、核兵器というものが出現した。これは憂うべきことであると同時に、平和への曙光を人類にもたらしてくれた、とも言えなくもない。
靖国問題は、そうしたベースを無視したまま、何か鋳型に嵌めたままの議論にみえるんですね。これでは、恒久平和を探る道筋を探るヨスガにならないですよ。
そういうやりきれなさが靖国問題にはあるんですね。尊い犠牲者を素直に鎮魂できない。戦犯だって、ある意味、犠牲者ですからね。自ら断頭台に登って、戦後の国民を守ってきたといえなくもない。あくまでも政権の枠組みの中にあった者で、政権そのもののヒットラーとは、違う立場の者でもありますね。
中国、韓国などの批難は内政干渉にあたるものですが、ま、再軍備だなどと、国内の興奮しやすい輩さんを押し止めるのに、役に立ったと思えば、もって瞑すべし
さしずめ、今回のイラク戦争で犠牲になった米軍兵士へ喪に服することは、"中東諸国が反対の意を表明"、"大義なき侵略戦争"として戦争加害民としての自覚が足りないことになります。それとこれとは別問題です。
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靖国参拝問題は、もともと、訳が分からない、というのが私の率直な感想だし、多くの主張や論評が、何か大事なものを隠している、大事な物を伏せたままの議論じゃないか、というわだかまりがあるんですね。
内政干渉じゃないのか、というのもありますけど、
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余りにも【戦争加害国民】としての自覚が無いじゃないですか?
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などと言われると、まあ、内政問題だと突っぱねるには、あまりにも人間の尊厳とか、人権とか、の根本問題に関わりますから、簡単に突っ張れない。
でもね。戦争の加害性とか、非人道性とかは、何も、敗戦国だけがあるのじゃないでしょう。
でも、問題にされているのは、敗戦国の行為だけなんですね。戦争の狂気とか非人道性とか残虐は、もともと、誰がやっても、同じこと…。
いや、むしろ、戦勝国の残虐の方が始末が悪いです。勝ったものは戦争をやめませんからね。その方が問題なんですわ。
敗戦国の加害責任は厳しく問い、責める…。だが、戦勝国の戦争には、残虐や非人道性はないのね、という根本的な疑問…。
これを、敗戦国の人間がいうのは、非常に厄介には違いない。だけど、本当に戦争を厭い、戦争を避ける努力をしたい、という地平で戦争をみるとき、見ない訳にはいかないですよ。戦争の本当の姿を知らない事には、避ける方法やどんな努力が必要か見えてこない。
ま、私の言いたいのは、敗戦国の行為だけが悪いのですか。糾弾されるべきことですか。賠償の対象になるものなんですか。
と問いたい現実なんですね。中国は日本だけの侵略されたのですか。アヘン戦争の結果は何だったのですか。他国を侵略したのは、敗戦国だけですか。少なくとも、そうした者を内包した批難なんでしょうか。批難されることを避けたい訳じゃない。だが、歪んだ批難は、所詮、歪んだ結果しか導かない。もう、この批難を避けるには、再軍備でもして、軍事大国化してしまう。核も保有してしまう。それが一番、早いという、現実もあるんですね。相手を黙らせる一番、良い方法なのかも…。相手を黙らせるということに目的を限れば、そんな極論も笑い話しじゃない。ある意味、アメリカなどがやっていることですしね。
靖国問題は、何か奇形化した枠のなかでしか論じられていない。
だが、いつも、感じるのは、戦争の悲劇をみるとき、戦争の根絶という命題に立ち向かうとき、戦勝国の方こそ、問題なのじゃないかな。勝った者は戦争を止めないですからね。
それこそが問題…。そろそろ、そうした視点から、ものを見る勇気のある人がいてもいいと思う。
ま、靖国問題も政争の道具と言ってしまえばそれまでですけど、時の政府に、世界の潮流といってもいい流れのなかで、己を犠牲にして散っていった人たち、残る者を助けるためと自分に言い聞かせて、犠牲になた人たちの鎮魂が思うに任せない。国家の要請を受け入れた人が足蹴にされる…。一体、国家とは何なのだ、もありますけど、素直に鎮魂もできない現実はどこか異様なんですね。ま、それほど戦争は狂いもの。
戦犯云々というのも、分かったようで分からない。誰からみて戦犯なのでしょうか。国民に塗炭の苦しみを舐めさせた。確かに、問われる責任はあるでしょう。だが、その人たちの意図はそんなに不純だったのでしょうか。
戦勝国には戦犯はいない。例外的な犯罪者はいて糾弾だれることが例外的にあるだけですね。まあ、どの国にも粗暴犯はいるというレベルを越えた扱いじゃないですね。だが、敗戦国となると…。
戦争に加害性があるのなら、誰がやっても悪いんじゃないですか。
20世紀になって、核兵器というものが出現した。これは憂うべきことであると同時に、平和への曙光を人類にもたらしてくれた、とも言えなくもない。
靖国問題は、そうしたベースを無視したまま、何か鋳型に嵌めたままの議論にみえるんですね。これでは、恒久平和を探る道筋を探るヨスガにならないですよ。
そういうやりきれなさが靖国問題にはあるんですね。尊い犠牲者を素直に鎮魂できない。戦犯だって、ある意味、犠牲者ですからね。自ら断頭台に登って、戦後の国民を守ってきたといえなくもない。あくまでも政権の枠組みの中にあった者で、政権そのもののヒットラーとは、違う立場の者でもありますね。
中国、韓国などの批難は内政干渉にあたるものですが、ま、再軍備だなどと、国内の興奮しやすい輩さんを押し止めるのに、役に立ったと思えば、もって瞑すべし
これは メッセージ 50471 (kihachi426 さん)への返信です.
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