般若心経と現代科学とテロ
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2004/08/07 14:20 投稿番号: [49372 / 118550]
わっちは、般若心経なるものについて詳しくは知りやせん。
しかし、宗教の経典というものは、先人の宗教家が生きた時代は背景の中で到達した自然観、人生観、倫理観などを綴った記録だと思いますんで、参考にする程度です。
盆のヒガキ供養で行う坊さんの説法も、時代時代を反映して上手に自然観、人生観を盛り込まなければ、熱心に聞く檀家衆も少なくなるわけで、科学が進んでくるとそれに合致するように話をしなきゃならんってことで、坊さんも大変な時代になりつつあるんじゃねいでしょうか。
でもって、以下の一文は含蓄がありますなぁ。
>(バッタ論)
全ては、絶対ではなく、相対的である。実体はないが、関係性が現象をつくり出している。
現代物理的な発想から言えば、関係性=力ってことになるわけで、この力(重力、電磁力、弱い力、強い力)さえも進化してことが、明らかになってくると、宗教と科学の境はますます低くなってきているってことですかね。
それを訳もわからず、世の中の諸悪の根源を科学のせいにするアホ文系がいるから、「アホ文系と理系」の二分論で、アホ文系をカラカってみたくなるわけですわ。
このトピにしても、投稿者の関係性がトピ自体の現象を作ってくるわけで、オープンでトピ内容の敷居は低いトピは、安定しない。いつもバトル状態。何も得るものはないってことになるが、敷居がちょっとだけ高く、多少クローズドされた関係性の成り立つトピは、最後まで対立点は残るものの、互いの相違を認める均衡点に達する部分も多くなるわけだ。
ま、ときどき撹乱実体が入ってるが、20%以下であれば適度な発展の刺激になるが、それ以上は排除すべき対象でしかならなくなるわけだ。
テロも同じで、テロがテロたるゆえんの範囲であれば、世界の人間に「何か理由があるのでは」,「何が訴えたいのか」などと考えさせる効果を生み出していたが、その範囲を超え,かつ民衆に対する無差別な殺戮レベルになってくると、世界で協力して排除し撲滅の対象でしかならなくなる。
それを未だに「何か理由がある」,「何が訴えるものがある」って寝言を言ってる奴がいるから、「前世紀の遺物」になるわけだ。この部分は、あくまで、おまけでっせ,鎌倉君。
これは メッセージ 49326 (battamother さん)への返信です.
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