>assaraamさん
投稿者: grokworkdoll 投稿日時: 2004/07/28 06:56 投稿番号: [47920 / 118550]
>刹那的、現世利益的熱狂とでも言うべきものですね?
とても刹那的なものだと思います。現代的な意匠を施された終末論ですね。あらかじめタイムリミットが切られているし、その後のことはノープロブレム、ノーアイデアな訳ですから。
面白いのは、リベラル(というかスピリチュアル層)と保守(というかビッグサクセス的現実派層)の両者が、両者なりの切り口でこの熱狂に加担していることです。まー終末論というのはそういうものかもしれませんが。
個人的には、綿々と続く神秘思想、マヤ暦などの先人の智恵、ヒッピーイズムの伝統に継ぎ木するかたちで展開した「アセンション」ネタのほうが、まだ愛着はわきますね。バックトゥザネイチャーな感性や、基本的に楽観的で悲愴感がないところ、失敗してもそれはそれでアフターケアがあるでしょうし笑ヒッピーならではのお気楽感、ポジティビティがあるんですね。
かたやラプチャーは、ボーンアゲインならではの、確かな足場のないところからの唐突にして無謀な跳躍といった危なっかしさを感じます。ガチガチの唯物論者のビジネスマンが、自己啓発セミナーでむりやりガシャーンと自我の枠を破壊してしまうような、やぶれかぶれな熱狂ですね。
>これは、自己開発セミナーとか、マルチとかとの関連も指摘できるようなものですか?
アメリカ独特の現世利益信仰、「サクセスクラブ」的な、ビジネスでのビッグサクセスとある種のスピリチュアリズムが混然一体となった、新しい宗教(といえるかどうか微妙ですが)、精神文化ですね。80年代からこっちのこの独特な、「神秘合理主義」というか「霊的物質主義」というか、ともかくそういう土壌に、ボーンアゲインならではの加速度が加わって、現在の終末論的な熱狂に燃料を注いでいると思います。だから、彼らのハルマゲドンは非常に物質的なリアリティなんですね。イスラエルや最終戦争、ラプチャーといった神話的モチーフを、とても具体的に、即物的に、物質的にイメージするんです。怖いですが、背景にあるアメリカの精神文化土壌を考えれば、それほど突飛なわけではない。
>本来のキリスト教福音派とか、バプティストなんかの保守系と、イスラエルが結びつくところからして、実はもうなかなかついて行くのがやっとの状態です。
ほんと、もうクラクラきますよね笑。
でも、やはり先述の「神秘合理主義」というか「霊的物質主義」のようなものを考えれば、彼らなりに辻褄は合っているのでしょう。田中宇はかなり鋭くこの精神状況を捉えていると思いますが、書いていないこと、書けないこと、戦略的に書くべきじゃないことなどいろんなものが透けて見えるのがあの人の面白いところです。
本来、イニシエーションという宗教的な機能、「二度生まれ」というのは、俗世との関わりにおいて一線を画した、前世来世も含めた全存在を賭けて臨む一大イベントなんですね。歴史のない国、神話のない国におけるボーンアゲインは、「二度生まれ」後に繋がっていくべき神話的なタイムスケール、魂の故里のようなイメージをあらかじめ持ちにくい訳で、突発的な事故にびっくりしたなー!なんかおれ変わったかも!ていう感じなのではないでしょうか。そんな突発事故的な「二度生まれ」が、それを支える宗教的共同体的機能がないままにばーと解放されてしまい、「二度生まれ」た後の行動を律するもの、方向付けるものは不在だとすれば、これはやはり憂慮すべき、恐ろしい問題ですね。
とても刹那的なものだと思います。現代的な意匠を施された終末論ですね。あらかじめタイムリミットが切られているし、その後のことはノープロブレム、ノーアイデアな訳ですから。
面白いのは、リベラル(というかスピリチュアル層)と保守(というかビッグサクセス的現実派層)の両者が、両者なりの切り口でこの熱狂に加担していることです。まー終末論というのはそういうものかもしれませんが。
個人的には、綿々と続く神秘思想、マヤ暦などの先人の智恵、ヒッピーイズムの伝統に継ぎ木するかたちで展開した「アセンション」ネタのほうが、まだ愛着はわきますね。バックトゥザネイチャーな感性や、基本的に楽観的で悲愴感がないところ、失敗してもそれはそれでアフターケアがあるでしょうし笑ヒッピーならではのお気楽感、ポジティビティがあるんですね。
かたやラプチャーは、ボーンアゲインならではの、確かな足場のないところからの唐突にして無謀な跳躍といった危なっかしさを感じます。ガチガチの唯物論者のビジネスマンが、自己啓発セミナーでむりやりガシャーンと自我の枠を破壊してしまうような、やぶれかぶれな熱狂ですね。
>これは、自己開発セミナーとか、マルチとかとの関連も指摘できるようなものですか?
アメリカ独特の現世利益信仰、「サクセスクラブ」的な、ビジネスでのビッグサクセスとある種のスピリチュアリズムが混然一体となった、新しい宗教(といえるかどうか微妙ですが)、精神文化ですね。80年代からこっちのこの独特な、「神秘合理主義」というか「霊的物質主義」というか、ともかくそういう土壌に、ボーンアゲインならではの加速度が加わって、現在の終末論的な熱狂に燃料を注いでいると思います。だから、彼らのハルマゲドンは非常に物質的なリアリティなんですね。イスラエルや最終戦争、ラプチャーといった神話的モチーフを、とても具体的に、即物的に、物質的にイメージするんです。怖いですが、背景にあるアメリカの精神文化土壌を考えれば、それほど突飛なわけではない。
>本来のキリスト教福音派とか、バプティストなんかの保守系と、イスラエルが結びつくところからして、実はもうなかなかついて行くのがやっとの状態です。
ほんと、もうクラクラきますよね笑。
でも、やはり先述の「神秘合理主義」というか「霊的物質主義」のようなものを考えれば、彼らなりに辻褄は合っているのでしょう。田中宇はかなり鋭くこの精神状況を捉えていると思いますが、書いていないこと、書けないこと、戦略的に書くべきじゃないことなどいろんなものが透けて見えるのがあの人の面白いところです。
本来、イニシエーションという宗教的な機能、「二度生まれ」というのは、俗世との関わりにおいて一線を画した、前世来世も含めた全存在を賭けて臨む一大イベントなんですね。歴史のない国、神話のない国におけるボーンアゲインは、「二度生まれ」後に繋がっていくべき神話的なタイムスケール、魂の故里のようなイメージをあらかじめ持ちにくい訳で、突発的な事故にびっくりしたなー!なんかおれ変わったかも!ていう感じなのではないでしょうか。そんな突発事故的な「二度生まれ」が、それを支える宗教的共同体的機能がないままにばーと解放されてしまい、「二度生まれ」た後の行動を律するもの、方向付けるものは不在だとすれば、これはやはり憂慮すべき、恐ろしい問題ですね。
これは メッセージ 47918 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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