対イラク武力行使

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悟りの境地は人それぞれ。

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/07/24 00:52 投稿番号: [47395 / 118550]
>この前、道元禅師が開いた禅寺   永平寺の104歳になる禅師が悟りについて語ってやしたぜ。

私も飛び飛びだったけど少し見たよ。
彼にとっての「悟り」というものは、「生に対する前向きな讃歌」とでも言うべき、非常に勇気づけられるものだったと感じた。

特に禅宗における「悟り」そのものに、確かなるものとか、典型的なモデルのようなものや、絶対必要条件の様なものはないのであって、悟りの内容そのものに対しては、何も言及されていないというのが真実だろう?
つまりあの禅師の「悟り」はそのまま彼の悟りとして否定されないということだろう?
だからといって、それが悟りのすべてであるとはだれも言えないのであって、彼と違うからという理由では、その他の「悟りの境地」を否定されないと言う意味において、その悟りの内実に関しては釈尊でさえも明記していないのだよねえ?

そんなことよりも、君が「業」なんて言うものを持ちだしたのは意外だったよ。
こんな論理的に説明できない、インドの一地方で発達してきたにすぎない概念を、もっともらしく持ちだしてきて、しかもそれによって人間の人生観を語ろうとするなんて、これの論理性は何かで検証できるのかい?

>で、悟りを開いてない凡人に対して、なぜ「南無阿弥陀仏」でも何でもいいが、お経をを唱えよと教えるか?

釈迦は実際には、出家者と一般人を区別したらしいねえ?
私も、「積極的(前向き)な生への執着というものを肯定する」という前提が存在するということが、仏教思想の中に存在するということに対しては否定しないが、それが個人としてではなく、その当時既にある程度成熟していた「社会」における個人のあり方として、自己を確立して、欲望を制御するということは必要なことであるとした釈尊の考え方は、多くの何ものをも(お経をも)強制してなかったと思うよ?

「社会に依存することなく自己として独自に生きろ。」とでもいった、「大海の流れの中での離れ小島に位置すること」が、出家者に対する理想的な境地であると説いているんじゃないかな?

そのためにはまず欲望を捨てよというのが、基本精神だよ。

>どのような死に方の死を目前にしても平気で生きるよって言ってるっじゃねぇのかな?

ちょっと意図しているところが分かりにくいけど、なんだか現状追認の刹那的な感じがちょっと私とは違う気がするなあ。これじゃあ、イラクの一般市民に対して、現状がどうであれそれを受け入れて、強く生きるしかないんだと言っているだけで、このようにしてしまった外部への働きというか責任を問う「隙間」が見当たらないので、救われないと思うなあ・・・?
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