>悟りの境地
投稿者: venture_2016 投稿日時: 2004/07/24 01:42 投稿番号: [47396 / 118550]
>「悟り」そのものに、確かなるものとか、典型的なモデルのようなものや、絶対必要条件の様なものはないのであって、悟りの内容そのものに対しては、何も言及されていないというのが真実だろう?
想定問答集の答えとしては失格だな。「悟りには人それぞれあります」って、あたりまえだろ。
自分が考える悟りとは何も述べずに、答えはひとつではないはずだって言うだけかや。相変わらずの、レスパターンだがや。
>業」なんて言うものを持ちだしたのは意外だったよ。こんな論理的に説明できない、インドの一地方で発達してきたにすぎない概念を、もっともらしく持ちだしてきて、しかもそれによって人間の人生観を語ろうとするなんて、これの論理性は何かで検証できるのかい?
業は、因果関係そのものなわけ。人間の欲望や殺戮は、人間のもつ説明不可能な事前にDNA内にプログラムされた本能に起因すわけよ。ここに論理性を持ち込んでどうするつもりだんべねぇ〜
>「社会に依存することなく自己として独自に生きろ。」出家者に対する理想的な境地
えぇ?狂気の沙汰じゃねぇの?社会に依存しなくて誰立って生きられるはずがねぇじゃねぇのよ〜。
社会に依存しながら、限られた時間しか生きられねぇ自分がもっている欲望を考えるだんべぇよ。
僧侶だって托鉢して歩くことで、社会に依存して「生きさせてもらってる」自分を発見するわけだ。
>そのためにはまず欲望を捨てよというのが、基本精神だよ。
欲望を捨てる因果関係、自分で説明できるのかや。言っておくけど、俺は欲望を捨てよなんて言ってんぇからね。どうせ死ぬ運命なのにどれだけ価値があるか考えるのが重要って言ってるわけ。
僧侶は禁欲的な生活をしてるんで、欲望を捨てることが必要とおもってんだんべぇ?
ほんとに表面的なことしか捉えねぇな〜。もちろんイラクの問題もだけんどよ。
これは メッセージ 47395 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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