対イラク武力行使

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ネオコン1

投稿者: zionisatou2 投稿日時: 2004/07/13 14:05 投稿番号: [46689 / 118550]
最近、近所の図書館でネオコン関係の本(『アメリカ保守革命』中岡望)を見つけたので、読んでみた。面白かった。
このトピでも、ネオコンとゼネコンを勘違いしてハリーバートン批判をしているmasajuly2001爺さんのような、アホな人も少なくないので、少し内容を紹介してみよう。アメリカ理解に、少し助けになるかもしれない。
それにアメリカ在住の人もいるから、何か付け加えてくれることもあるかも知れない。

ネオコンのはじめ


反スターリニスト
○ニューヨークは、ヨーロッパからやって来た移民たちが最初にアメリカ大陸に足を踏み入れる場所である。様々な移民たちがアメリカンドリームを胸に抱きながら最初に生活を始める場所である。マンハッタン島の南で橋を越えたところにブルックリンと呼ばれる地域がある。労働者が住む町である。・・・・・・・・
そんな状況の中から二人の青年が登場する。アービング・クリストルとノーマン・ポドホリッツである。この二人の青年を語ることから、ネオコンの歴史は始まる。クリストルは1920年にブルックリンで生まれた。1940年にニューヨークのシティ・カレッジで学んでいる。シティ・カレッジは労働者のためのハーバード大学といわれ、貧しい家庭の優秀な学生が集まる大学として知られていた。授業料は無く厳しい選考を経て入学する。
シティ・カレッジに入学したクリストルは、生涯をネオコンとして共にする友人と巡り合う。ダニエル・ペル、ネイサン・クレイザー、メルヴィン・ラスキーなどで、彼らはクリストルと同様にトロツキスト・グループに属していた。彼らは行動を共にし、スターリニストの学生と対立していた。・・大学ではトロツキストのグループとスターリニストのグループが対立し人数的に三〇対一で、スターリニストの数が圧倒的に多かった。
クリストルは、「若いときに過激な運動に参加するのは、ちょうど若いときに恋に落ちるのと同じだ」と当時を述懐している。・・・



反ニューレフト
○ネオコンの親たちは東欧から移民してきたユダヤ人であった。彼らは様々な形で全体主義の弾圧を経験してきた。・・・・ユダヤ人差別に彼らは無神経でいられなかった。
彼らにとって戦うべき相手はもう一つあった。ニューレフトと呼ばれる過激派グループである。ニューレフトのベトナム反戦運動は、中東情勢とも絡み次第に反イスラエル運動へと広がっていく。彼らは反イスラエルの中に反ユダヤ主義を感じると同時に、自らの中にユダヤ人としてのアイデンティティを発見していったのである。奇妙な言い方であるが、ニューレフトの激しいイスラエル攻撃や、イスラエル支持がシオニズム運動であると決め付けたことが、彼らをさらに保守主義の立場へと追いやっていったのである。




中岡望氏(『アメリカ保守革命』)によれば、ネオコンは最初、スターリニストやニューレフトと戦った、トロツキスト・グループから始まったようである。
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