医師が治療をしていたのでは…
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/06/03 14:01 投稿番号: [41956 / 118550]
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地域振興策の中で一番、難しいのが、いわゆる医療福祉関連・・・・
僕の女房(看護士)なんかは、ほとんどこの国の歴史と文化に挑戦しているみたいだ
といつも言ってますよ。
極端な話「共生社会」という概念を僕らの代では実現出来ないんじゃないか?
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この部分、誤解しているといけないので、確認ですが、この絶望感というのは、疾病などの予防に立ち向かうときに立ちふさがる壁でしょうか。
病気になってから治して貰う有り難さは理解できる。簡単な理解でしょうね。
だが、医療の本当の仕事は治療が第一か、医療の理想は病気を防ぐことだ、と言い切ってもいいのかも知れません。
現実には、どんなに予防を講じても、人間の世界は複雑で事故もあるし、遺伝など複雑な要素が絡んでいる疾病は先進国でもまだ、糸口に辿り着いたばかりというのが現場の実情でしょう。病気の半分は原因が分かっていない、とも言いますね。現実には、治療行為は重要です。でも、やはり、医師が病人を治していたのでは話しにならない。病人を出さないことこそ、本来の仕事なのでしょうね。
だが、疾病に罹った後、治して貰う。苦痛を軽減して貰うありがたに較べて、予防の有り難さを実感するという間には、大きな乖離がありますね。
先進国に住んでいる者も、予防のありがたさは、どこまで理解しているか。空気が自然にあるように、自然に健康が保たれているという感覚が強い。
エイズとかサーズとかの流行が伝えられたり、衛生状態の悪い外国に出たときなどは、環境の恐ろしさをある程度、実感しますけど、普段は有り難さがわかないですね。予防注射なども義務化で強制されますから出掛けますし、費用なども補助が出ていて無料か安価になっているから行けるのですね。
だが、風邪を引いた、お腹を壊した、などで2〜5千円の出費はすぐに必要と出しますけど、5千円の予防注射代はさぼりたいですね。
実は、予防のための5千円の方が遥かに価値があるし、無限の出費や収入減を防いでいるという認識は少ないですね。
また、疾病に罹ってから病院に駆けつけるのは個人の意思でもできますが、予防となると社会全体のコンセンサスがいる…。ひとりではできない。差し迫った費用に感じられない。煩い。煩わしい。
この乖離は、一線に立つ医療者の絶望感は深いでしょうね。結局、社会、小さくみると共同体でしょうが、共同体の成熟がないと成立しない。医療従事者のガンバリだけではどうにも手が届かない。理解されない。だが、本当の解決は其処にしかない。
さすがに天然痘とか、その他法定伝染病に指定されているような激烈な症状をもつ疾病は予防効果が世界的に普及していますけど、地域に限定された疾病とか症状が緩慢で慢性化しやすい疾病などになると、理解はまだまだなのでしょうね。
まあ、法定伝染病のように理解が始まれば、予防効果も目を見張るものがありますから、理解も迅速にすすみますけど、それでも初期から闘った医療者の人たちは、政治にまで巻き込まれて命を落とす覚悟の活動なんですね。その他に戦争さえ防げば、必要ない治療がある…。
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地域振興策の中で一番、難しいのが、いわゆる医療福祉関連・・・・
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真っ先に手を付けるが、最後まで問題が残るでしょうね。
だが、ドイツで活動している非政府の治療施設がありますね。テレビで放映していましたけど、本当に戦争が憎い。後進国の戦乱で手足を失った子供の治療をしていますが、原因を声高に訴えたりしない。スタッフは目の前の現実を見て黙々と闘っている。一人でも二人でも助けられればという態度で闘っている。
だが、きっぱりと言いましたね。思想教育など一切していない。だが、ここから社会に戻った子供は、将来に渡って、絶対に銃はとらないでしょう、と。
かすかですが、確実な光だと思いました。
地域振興策の中で一番、難しいのが、いわゆる医療福祉関連・・・・
僕の女房(看護士)なんかは、ほとんどこの国の歴史と文化に挑戦しているみたいだ
といつも言ってますよ。
極端な話「共生社会」という概念を僕らの代では実現出来ないんじゃないか?
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この部分、誤解しているといけないので、確認ですが、この絶望感というのは、疾病などの予防に立ち向かうときに立ちふさがる壁でしょうか。
病気になってから治して貰う有り難さは理解できる。簡単な理解でしょうね。
だが、医療の本当の仕事は治療が第一か、医療の理想は病気を防ぐことだ、と言い切ってもいいのかも知れません。
現実には、どんなに予防を講じても、人間の世界は複雑で事故もあるし、遺伝など複雑な要素が絡んでいる疾病は先進国でもまだ、糸口に辿り着いたばかりというのが現場の実情でしょう。病気の半分は原因が分かっていない、とも言いますね。現実には、治療行為は重要です。でも、やはり、医師が病人を治していたのでは話しにならない。病人を出さないことこそ、本来の仕事なのでしょうね。
だが、疾病に罹った後、治して貰う。苦痛を軽減して貰うありがたに較べて、予防の有り難さを実感するという間には、大きな乖離がありますね。
先進国に住んでいる者も、予防のありがたさは、どこまで理解しているか。空気が自然にあるように、自然に健康が保たれているという感覚が強い。
エイズとかサーズとかの流行が伝えられたり、衛生状態の悪い外国に出たときなどは、環境の恐ろしさをある程度、実感しますけど、普段は有り難さがわかないですね。予防注射なども義務化で強制されますから出掛けますし、費用なども補助が出ていて無料か安価になっているから行けるのですね。
だが、風邪を引いた、お腹を壊した、などで2〜5千円の出費はすぐに必要と出しますけど、5千円の予防注射代はさぼりたいですね。
実は、予防のための5千円の方が遥かに価値があるし、無限の出費や収入減を防いでいるという認識は少ないですね。
また、疾病に罹ってから病院に駆けつけるのは個人の意思でもできますが、予防となると社会全体のコンセンサスがいる…。ひとりではできない。差し迫った費用に感じられない。煩い。煩わしい。
この乖離は、一線に立つ医療者の絶望感は深いでしょうね。結局、社会、小さくみると共同体でしょうが、共同体の成熟がないと成立しない。医療従事者のガンバリだけではどうにも手が届かない。理解されない。だが、本当の解決は其処にしかない。
さすがに天然痘とか、その他法定伝染病に指定されているような激烈な症状をもつ疾病は予防効果が世界的に普及していますけど、地域に限定された疾病とか症状が緩慢で慢性化しやすい疾病などになると、理解はまだまだなのでしょうね。
まあ、法定伝染病のように理解が始まれば、予防効果も目を見張るものがありますから、理解も迅速にすすみますけど、それでも初期から闘った医療者の人たちは、政治にまで巻き込まれて命を落とす覚悟の活動なんですね。その他に戦争さえ防げば、必要ない治療がある…。
>>
地域振興策の中で一番、難しいのが、いわゆる医療福祉関連・・・・
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真っ先に手を付けるが、最後まで問題が残るでしょうね。
だが、ドイツで活動している非政府の治療施設がありますね。テレビで放映していましたけど、本当に戦争が憎い。後進国の戦乱で手足を失った子供の治療をしていますが、原因を声高に訴えたりしない。スタッフは目の前の現実を見て黙々と闘っている。一人でも二人でも助けられればという態度で闘っている。
だが、きっぱりと言いましたね。思想教育など一切していない。だが、ここから社会に戻った子供は、将来に渡って、絶対に銃はとらないでしょう、と。
かすかですが、確実な光だと思いました。
これは メッセージ 41924 (asean_peace11 さん)への返信です.
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