>国際法…一国の暴走
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/05/31 22:31 投稿番号: [41722 / 118550]
>>
だからこそ、現在国連で議論されている集団的な予防行動をとるための国際的な制度づくりに、米国も真剣に関わるべきではないかと思っています。
>>
国際法に関する説明、解説、参考になりました。
だが、絶望的になるのは、やはり、この部分ですね。アメリカが真剣にならない。アメリカの国家のシステムの中に、戦争をしないと成り立たないとも言えるようなものを内包している…。
アメリカが真剣にならないと、どうにもならない。イラク攻撃でも、国連の意向を無視してアメリカは単独行動をとってしまっている。しかも、国連は後追いの形でイラク攻撃を認めてしまっているようなところがある。
>>
米国のこの主張は、一国の判断で「戦争状態」を作り出すことができることを意味していると言えますね。
>>
戦争に関していえば、戦争をやるものの正義、主張が一国の判断で通るとすると、実はなんでもあり、なんですね。
予防行為とか防衛行為とか、並べたところで、攻撃は最大の防御なり、という戦術論まで持ち出せる。予防と称して侵略したり、単に自分に都合が悪いだけなのに、正義の仮面を被せることもできる。
こうなると、正統と異端の争いのように果てしがなくなる。双方とも言い募るばかり。だが、国内秩序のように、裁判によってどっちが正しいとか正当性があるか、判断を示し、間違っている方の行為を封じてくれる者がいる訳じゃない。結局は力のある方が相手を押し込める、時には武力で制覇する。だが、武力なども拮抗すると果てしのない自己正当化が続く。
結果として、正統と異端の場合にみるように、もう、自分の正義ばかり並べて争っている奴らは沢山だ。どっちが正しいかなど、もう問題じゃない。どっちももう沢山だ…。決定的に人心が離れてしまう。宗教の場合ならば、正統も異端も相手にされなくなる。宗教そのものが力を失ってしまう。その結果あるのが今の欧米世界でしょう。
やってきたのは、神なき国、自然科学一辺倒の世界です。
これは、もう自分が正しいなどと主張するのではなく、だれが見ても、同じに見えるもの以外、論拠にするのはよそう。主張など軸にしないで判断していこう。判断できるものだけでやって行こう、と言うわけなんでしょう。神など持ち出す奴など、信用しない、という訳です。そしえ、汝奪う勿れ、を精神の基準に置いていたはずの西欧が植民地政策です。簒奪の限りを尽くしている。核兵器の出現がなかったら、現在でも正当性を言い張っていたかもしれない、ご立派さですね。
現在のアメリカの姿もこれに重複する。アメリカの主張だけ、判断だけで武力行使ができてしまう。戦争もまた、お前の戦争は間違っている、と言ってくれる権力のある第三者がいない。ジャッジしてくれる存在はない。
結局、軍事的に強い者が正義になってしまう。戦争も繰り返していれば、どんな強国も疲弊する。始末が悪いのは、軍事的に優位である者は、負けるまで戦争の武力行為の致命的な欠陥に気付かない。敵も味方も敗者であると、気付くには、疲弊しきった後、あるいは滅びた後になりかねない。
おそらく、現在のアメリカは、本土に4つか5つ、核爆弾でも落ちるか、それに近い被害を経験しないと、戦争の底に潜む絶対悪に気付かないのじゃないですか。戦争の正体を無知と言われる人たちにまで浸透して教えることはできないじゃないですか。
現に、掲示板などでも、バカにされて黙っていることはない。軍備をすべきだ、などと単純な声は多い。戦争すれば、必ず、こちらが勝つと思っている。だが、戦争の本当の姿は違う。軍事でも勝つとは限らない。また軍事で勝っていても、やがて国が滅びて行くこともある…。戦争はつまるところ、正統と異端が迎えた結果のように、勝者はいないのだ、と教えることは非常に難しい。現在のところ不可能…。それがアメリカの姿…。
アメリカが真剣になることなどありえない。ありえるとしたら、戦争の結果、酷い目にあったと骨の随まで知ったときじゃないですか。
だとしたら、喧嘩両成敗、どっちがいいかなど問わないで制裁をうける。また、時には、とんでもない国家などが出現する。これからはテロという形でグループであるかも知れない。フセインもそうですが北朝鮮のような国家もしかり、です。また、地下鉄サリン事件を起したオウム真理教のような団体もありますね。また、リベリアのような例もある。
喧嘩両成敗の様なシステム。また、暴走国家をどう解体していくか。誰がどうの、どの国家がどうの、ではなく、行為そのものに制裁がある。こうしたシステムをどう創り出していったらいいか。そんな段階に世界は来ているな、と考えているんですけど…。そうした方向から\xA4
だからこそ、現在国連で議論されている集団的な予防行動をとるための国際的な制度づくりに、米国も真剣に関わるべきではないかと思っています。
>>
国際法に関する説明、解説、参考になりました。
だが、絶望的になるのは、やはり、この部分ですね。アメリカが真剣にならない。アメリカの国家のシステムの中に、戦争をしないと成り立たないとも言えるようなものを内包している…。
アメリカが真剣にならないと、どうにもならない。イラク攻撃でも、国連の意向を無視してアメリカは単独行動をとってしまっている。しかも、国連は後追いの形でイラク攻撃を認めてしまっているようなところがある。
>>
米国のこの主張は、一国の判断で「戦争状態」を作り出すことができることを意味していると言えますね。
>>
戦争に関していえば、戦争をやるものの正義、主張が一国の判断で通るとすると、実はなんでもあり、なんですね。
予防行為とか防衛行為とか、並べたところで、攻撃は最大の防御なり、という戦術論まで持ち出せる。予防と称して侵略したり、単に自分に都合が悪いだけなのに、正義の仮面を被せることもできる。
こうなると、正統と異端の争いのように果てしがなくなる。双方とも言い募るばかり。だが、国内秩序のように、裁判によってどっちが正しいとか正当性があるか、判断を示し、間違っている方の行為を封じてくれる者がいる訳じゃない。結局は力のある方が相手を押し込める、時には武力で制覇する。だが、武力なども拮抗すると果てしのない自己正当化が続く。
結果として、正統と異端の場合にみるように、もう、自分の正義ばかり並べて争っている奴らは沢山だ。どっちが正しいかなど、もう問題じゃない。どっちももう沢山だ…。決定的に人心が離れてしまう。宗教の場合ならば、正統も異端も相手にされなくなる。宗教そのものが力を失ってしまう。その結果あるのが今の欧米世界でしょう。
やってきたのは、神なき国、自然科学一辺倒の世界です。
これは、もう自分が正しいなどと主張するのではなく、だれが見ても、同じに見えるもの以外、論拠にするのはよそう。主張など軸にしないで判断していこう。判断できるものだけでやって行こう、と言うわけなんでしょう。神など持ち出す奴など、信用しない、という訳です。そしえ、汝奪う勿れ、を精神の基準に置いていたはずの西欧が植民地政策です。簒奪の限りを尽くしている。核兵器の出現がなかったら、現在でも正当性を言い張っていたかもしれない、ご立派さですね。
現在のアメリカの姿もこれに重複する。アメリカの主張だけ、判断だけで武力行使ができてしまう。戦争もまた、お前の戦争は間違っている、と言ってくれる権力のある第三者がいない。ジャッジしてくれる存在はない。
結局、軍事的に強い者が正義になってしまう。戦争も繰り返していれば、どんな強国も疲弊する。始末が悪いのは、軍事的に優位である者は、負けるまで戦争の武力行為の致命的な欠陥に気付かない。敵も味方も敗者であると、気付くには、疲弊しきった後、あるいは滅びた後になりかねない。
おそらく、現在のアメリカは、本土に4つか5つ、核爆弾でも落ちるか、それに近い被害を経験しないと、戦争の底に潜む絶対悪に気付かないのじゃないですか。戦争の正体を無知と言われる人たちにまで浸透して教えることはできないじゃないですか。
現に、掲示板などでも、バカにされて黙っていることはない。軍備をすべきだ、などと単純な声は多い。戦争すれば、必ず、こちらが勝つと思っている。だが、戦争の本当の姿は違う。軍事でも勝つとは限らない。また軍事で勝っていても、やがて国が滅びて行くこともある…。戦争はつまるところ、正統と異端が迎えた結果のように、勝者はいないのだ、と教えることは非常に難しい。現在のところ不可能…。それがアメリカの姿…。
アメリカが真剣になることなどありえない。ありえるとしたら、戦争の結果、酷い目にあったと骨の随まで知ったときじゃないですか。
だとしたら、喧嘩両成敗、どっちがいいかなど問わないで制裁をうける。また、時には、とんでもない国家などが出現する。これからはテロという形でグループであるかも知れない。フセインもそうですが北朝鮮のような国家もしかり、です。また、地下鉄サリン事件を起したオウム真理教のような団体もありますね。また、リベリアのような例もある。
喧嘩両成敗の様なシステム。また、暴走国家をどう解体していくか。誰がどうの、どの国家がどうの、ではなく、行為そのものに制裁がある。こうしたシステムをどう創り出していったらいいか。そんな段階に世界は来ているな、と考えているんですけど…。そうした方向から\xA4
これは メッセージ 41711 (silverlining430 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/41722.html