対イラク武力行使

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宗教と歴史・・・(2)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/05/02 22:17 投稿番号: [38519 / 118550]
例えば、悪いやつがいて、人質をとって、拘束して現金を請求することが成功して、それが日常化することが危険だから、そういう要求に対しては、断固とした処置が必要であって、たとえそれが拘束された人達を死に追いやる行為になったとしても、将来的なことを考えた場合やむを得ないという考え方が主流になることは、多分に、キリスト教的であり、性悪説的であると感じる。人間関係を疑心暗鬼に捉え、日常生活において、非常に大事にして、盲目的に信じていると感じられる、「人間同士の信頼関係」と言うものの崩壊を意味しないであろうか。

私達日本人社会において、どうして身代金目的の誘拐や、無差別な殺戮が、頻発しないのであろうか?
日本人同士に対する過剰な防衛反応は、ある程度無駄な行為であって、少し前までは、全く考えられ無いことであった。この確信に近いものはどこから来ているのだろう?
勿論それは、法があり、法の番人である警察力があり、市民社会の中での市民同士の相互な監視機能が有効に作用しているという面が主であることは自明であるが、しかしそれだけでは、この現実の社会で営まれている社会の安定感は得られないのではないだろうか?

☆つまり、本当に悪い心根を持った人間が、意図的に悪いことをしたとしても、実はほとんど社会的には、その突発性やその信頼関係という漠然としたものに立脚している社会の上に生活しているということを考えると、抑制できないのではないだろうか?
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