速報性
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/02/19 16:52 投稿番号: [32326 / 118550]
>当局がパニックに対して
>マスコミに営利主義の情報垂れ流しに
>自浄作用を促す事はなんら問題ないと
>私は思う
そもそもマスコミの営利主義とは何を指すのか?逆に言うと、マスコミの営利主義ではない部分とは何か?その線引きはどこでなされるのか?極めて曖昧でハッキリした線引きは不可能なのではないだろうか?その不可能な部分に対して、国家権力が無造作に、安易に介入することの危険性は、先の戦争で、経験があるはずで、証明されていると思うゆえに、私はするべきではないと思います。必ずしも小泉政権の考えることによる「自浄作用」とやらが、日本国において普遍性をもつとも言えないからです。・・って言うか、逆に危ない。
>>つまり、今回、突然昔に舞い戻ったわけですね?・・・何らかの圧力があるに決まっていますよ。
>とは?
>昔は過激派のロケット弾発射くらいでは
>テロップも流れなかったと思ったが・・・
初期の段階は出ていましたが、それ以降は詳しく知らされていないということは、最近では出ていなかったということでしょうねえ。しかし、この昨今の状況は、今までとは事情が違うことは、国民報道関係者を問わず誰でもが、わかっていて、テロ行為には敏感になっているということが一つ。
そして、そのテロ行為が誰の手によるものかはわからないが、日本で起こったことは事実であるということが一つ。
それによって、一部マスコミが反応した。・・・これはニュースの速報性として当然の行為である。
そしてその当然の行為に対して、多分貴方も指摘していたように、多分、当局の何らかの圧力によって自主規制が行われた。つまり、結果として、速報であるニューステロップが、宙に浮いた状態のまま、一晩、得体のしれない匿名記述によって、インターネット内でさえも否定されながら、翌日の夕方になって、ようやく詳しい事実関係が報道された。これでは、これからも、ニュースというものが、当局の手で一旦咀嚼されてからのそのフィルターを通したものだけになる危険性が出てきて、これは、客観性のある判断を行なうときには、非常に都合が悪い、幅の狭い解釈しか許容しない、国民にとっては不利な状況が出来てしまうことにならないでしょうか?
勇み足だったかも知れないニュースに対しての、修正を行なう為のニュースでさえも触れることができなかったという意味で、自主規制という言葉の「圧力」が相当のものであったと伺わせたのではないでしょうか?
つまりこれは、昔の大本営と同じ構造に近づいている、ということじゃないか?と思います。
>爆弾に警察襲撃・・・
>武装テロリストなんですから
>オウムと同レベルですよ
つまりこの時期のテロという言葉には、特別な意味合いがありますから、それを、発表状態で、必要以上に過小評価したり、事実関係を充分に吟味したりするという一件正当なことが、実は、問題を大きくする可能性だってある訳ですから、そういう意味では、今回に関しての当局の圧力は、私達国民にとっても、非常な不利益を被る可能性があったという意味でも、私個人としては、不適切だったと思います。・・・オウムと同じだったらなおさらですよ。
※サリンをまかれても、情報の正確さを考えて、当局の指示を待っているうちに、死人の山になる可能性だってある訳ですよ。
>●シビリアンコントロールに「文民統制」という訳語を当てる事が良くあります。
これは誤りではありませんが、誤解のもとにもなっているのは要注意です。
シビリアン=市民=非軍人と解釈し、軍人ではない文官が軍隊を統制
していれば良いのではと狭く考えてしまうのは、誤りです。
正直に書くと、誤解していました。教えてくれてありがとう。
しかし、私は、このシビリアンコントロールに対しての正しい解釈というか、正しい方向性を導き出すためにも、情報の開示は絶対に必要なモノであるし、そのことに対する国家権力の介入は、その線引きが難しいという意味でも、今回のようにはするべきではないと思っています。
つまり、国会における議論によって何が争われているのかや、今現実にどういう国難が存在するのか?と言う客観的な判断をするための材料というものは、この中途半端な封建制の中で、「どうせ国民にはわかるわけはないので、彼らにはいい加減な事後報告的な説明でもしておけば事足りる」とする、上意下達の、国民不在の政治(政治家と国民の乖離)が展開されている現状を考えると、これこそがそもそものシビリアンコントロールをまるで絵に描いた餅と化してしまっている日本の現状ではないでしょうか?つまり、国民の民意を独自で判断し、表明するほどの情報を開示してもらっていないという現状は、もし日本が、
>マスコミに営利主義の情報垂れ流しに
>自浄作用を促す事はなんら問題ないと
>私は思う
そもそもマスコミの営利主義とは何を指すのか?逆に言うと、マスコミの営利主義ではない部分とは何か?その線引きはどこでなされるのか?極めて曖昧でハッキリした線引きは不可能なのではないだろうか?その不可能な部分に対して、国家権力が無造作に、安易に介入することの危険性は、先の戦争で、経験があるはずで、証明されていると思うゆえに、私はするべきではないと思います。必ずしも小泉政権の考えることによる「自浄作用」とやらが、日本国において普遍性をもつとも言えないからです。・・って言うか、逆に危ない。
>>つまり、今回、突然昔に舞い戻ったわけですね?・・・何らかの圧力があるに決まっていますよ。
>とは?
>昔は過激派のロケット弾発射くらいでは
>テロップも流れなかったと思ったが・・・
初期の段階は出ていましたが、それ以降は詳しく知らされていないということは、最近では出ていなかったということでしょうねえ。しかし、この昨今の状況は、今までとは事情が違うことは、国民報道関係者を問わず誰でもが、わかっていて、テロ行為には敏感になっているということが一つ。
そして、そのテロ行為が誰の手によるものかはわからないが、日本で起こったことは事実であるということが一つ。
それによって、一部マスコミが反応した。・・・これはニュースの速報性として当然の行為である。
そしてその当然の行為に対して、多分貴方も指摘していたように、多分、当局の何らかの圧力によって自主規制が行われた。つまり、結果として、速報であるニューステロップが、宙に浮いた状態のまま、一晩、得体のしれない匿名記述によって、インターネット内でさえも否定されながら、翌日の夕方になって、ようやく詳しい事実関係が報道された。これでは、これからも、ニュースというものが、当局の手で一旦咀嚼されてからのそのフィルターを通したものだけになる危険性が出てきて、これは、客観性のある判断を行なうときには、非常に都合が悪い、幅の狭い解釈しか許容しない、国民にとっては不利な状況が出来てしまうことにならないでしょうか?
勇み足だったかも知れないニュースに対しての、修正を行なう為のニュースでさえも触れることができなかったという意味で、自主規制という言葉の「圧力」が相当のものであったと伺わせたのではないでしょうか?
つまりこれは、昔の大本営と同じ構造に近づいている、ということじゃないか?と思います。
>爆弾に警察襲撃・・・
>武装テロリストなんですから
>オウムと同レベルですよ
つまりこの時期のテロという言葉には、特別な意味合いがありますから、それを、発表状態で、必要以上に過小評価したり、事実関係を充分に吟味したりするという一件正当なことが、実は、問題を大きくする可能性だってある訳ですから、そういう意味では、今回に関しての当局の圧力は、私達国民にとっても、非常な不利益を被る可能性があったという意味でも、私個人としては、不適切だったと思います。・・・オウムと同じだったらなおさらですよ。
※サリンをまかれても、情報の正確さを考えて、当局の指示を待っているうちに、死人の山になる可能性だってある訳ですよ。
>●シビリアンコントロールに「文民統制」という訳語を当てる事が良くあります。
これは誤りではありませんが、誤解のもとにもなっているのは要注意です。
シビリアン=市民=非軍人と解釈し、軍人ではない文官が軍隊を統制
していれば良いのではと狭く考えてしまうのは、誤りです。
正直に書くと、誤解していました。教えてくれてありがとう。
しかし、私は、このシビリアンコントロールに対しての正しい解釈というか、正しい方向性を導き出すためにも、情報の開示は絶対に必要なモノであるし、そのことに対する国家権力の介入は、その線引きが難しいという意味でも、今回のようにはするべきではないと思っています。
つまり、国会における議論によって何が争われているのかや、今現実にどういう国難が存在するのか?と言う客観的な判断をするための材料というものは、この中途半端な封建制の中で、「どうせ国民にはわかるわけはないので、彼らにはいい加減な事後報告的な説明でもしておけば事足りる」とする、上意下達の、国民不在の政治(政治家と国民の乖離)が展開されている現状を考えると、これこそがそもそものシビリアンコントロールをまるで絵に描いた餅と化してしまっている日本の現状ではないでしょうか?つまり、国民の民意を独自で判断し、表明するほどの情報を開示してもらっていないという現状は、もし日本が、
これは メッセージ 32313 (lighter101rethgil さん)への返信です.
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