精神
投稿者: oriharconball 投稿日時: 2004/02/16 02:51 投稿番号: [32233 / 118550]
精神の精錬というのは物質の豊かさとは懸離れた存在なのでしょうね。
日本でも貧しい時代の方が、現在よりも余程か立派な方々が居た。
しかもあらゆるジャンルです、政治家も立派だったし、国民も純粋だった。
文化・文学・芸術なども興隆していた。
侍精神、古き日本の気高さ・精神の奥床しさというのも、現代社会では軽視されるし、
マスコミやテレビでは馬鹿にすらしそうですからね。そういった精神の奥床しさを文字や映画では
解った振りをしていても、遊んで人生を送って来た芸能人(全てでは無いが若手の主流はそうなりつつある)なんかは実際に目の当たりにしても気付けないでしょうね。
自分達の薄い人生経験と信頼性の無い価値基準で判断をする、「古い」と見えただけで軽視するし、
謙虚な態度も無い。謙虚さは「知」を広げる、なぜならば相手や物事を尊重する事によって、
見えてくる事があるからだ。鈍感で傲慢な人間に成長は無い。
自分が理解できないと一時は思っても、ある分野では非常に優れた能力を発揮する異才のある人も多く居る。個人の視野や価値基準とは完璧ではない。世の中には、自分が気付けないような凄い人間も居る。だから、自分は透明な視点で居たいと思う。
特に、年季を積んだ人々というのは経験や努力も厚いし、
それだけの辛酸も舐めて来た、社会の現実というのも良く解っている。
自分もまだまだ足りないが、どれだけ人生の先輩に教わり、学ばせてもらったか解らない。
上下関係というか縦の繋がりが希薄になり、刹那的な横の繋がりばかりが横行している。
酔っているので良く解らない文章だろうが、
またしっかり書きます。
これは メッセージ 32214 (moriya99 さん)への返信です.
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