私の勝手な思い込み
投稿者: assaraamaaleicomn 投稿日時: 2004/01/15 00:25 投稿番号: [30199 / 118550]
>だが、人間の尊厳を犯される問題に関しては、他国であろうと自国であろうと人類共通の問題、いつかは自分に帰ってくる問題として、無関心でいる訳にはいかない。
私もその通りだと思います。
北朝鮮の政府レベルの不干渉を容認してしまうということは、北朝鮮国内の悲惨さに目をつむり、容認するということですよねえ?
北朝鮮の悲惨さというのは、一般家庭の悲劇ということで、政府レベルでの干渉を容認するということは、北朝鮮国内の家庭内の干渉を容認するということですよね。
問題は、搾取している側の政府が、ではなくて、虐げられている側の、その家庭内の一人ひとりが、外部の干渉による金政権からの解放を求めているのかどうか?ということだと思います。
昔は、大多数の人達には、外のことを全く知らせられなかったわけだから、自分の生活の悲惨さを客観的に知ることも出来ず、それを相対的に見ることさえ出来ないから、「当たり前のこと」として、その虐げられた現状も甘んじて容認することが当然であると考え、逆境に堪え、疑問にさえ感じなかっただろうと思います。
「無知」ということで、救われることもあったわけです。
しかし、情報化の波が、北朝鮮にも届いて、ある日、「自分達は、悲惨な生活をしているのだ。」と気がついてしまった。
こうなると、今まで、「無知」によって抑制されていた忍耐が、一気に爆発することになる。
私は、北の崩壊は、もういつでも起こりうると考えていて、それを周辺諸国(日米韓中)が必死で抑止している状況というのが、現状じゃないのかなあ?と、穿ってみているのですがどうでしょうか?
つまり、今崩壊されたら、100万とも200万とも300万とも言われる北の難民が、一気に周辺諸国に押し寄せてくることが容易に予想されるわけですが、これは、多分、東西ドイツの統一の時を考えてみても、日本にも多大な経済的影響を与える事は間違いない(共倒れも予想できる)ことですから、できるだけ、今のこの最悪の経済状態の時には遠慮願って、少なくとももう少し状況が良くなるまでという具合に様子を見ているというのが現状じゃないでしょうか?
これが当たっているならば、私達は、今度は、北朝鮮に存在している家庭内の一人ひとりの不幸に目をつむって、上辺では、北朝鮮人民の心配をしながら、内心では、なるべくは自分には不幸が振りかかってこないように願うという、ダブルスタンダードを余儀なくされているわけです。
北朝鮮の人々が、どれだけ外部の干渉による「開放」を望んでいるかというその思いの強さと、我々周辺国の人々が、どれだけ、彼らの痛みを自分の痛みと感じて、助けてあげたいと言う思いの強さとの押し問答が始まっているんだと思うんですよねえ。
しかし、このキム政権の拉致家族問題というものは、その、私達の思いを削ぐという方向には充分すぎるほどの効果があったわけで、この問題が、できるだけ良い方向でソフトランディングするまでは、多分、少なくとも日本に限っては、受け入れ態勢が整うのは、遥か遠い未来の話になるだろうと思います。
私もその通りだと思います。
北朝鮮の政府レベルの不干渉を容認してしまうということは、北朝鮮国内の悲惨さに目をつむり、容認するということですよねえ?
北朝鮮の悲惨さというのは、一般家庭の悲劇ということで、政府レベルでの干渉を容認するということは、北朝鮮国内の家庭内の干渉を容認するということですよね。
問題は、搾取している側の政府が、ではなくて、虐げられている側の、その家庭内の一人ひとりが、外部の干渉による金政権からの解放を求めているのかどうか?ということだと思います。
昔は、大多数の人達には、外のことを全く知らせられなかったわけだから、自分の生活の悲惨さを客観的に知ることも出来ず、それを相対的に見ることさえ出来ないから、「当たり前のこと」として、その虐げられた現状も甘んじて容認することが当然であると考え、逆境に堪え、疑問にさえ感じなかっただろうと思います。
「無知」ということで、救われることもあったわけです。
しかし、情報化の波が、北朝鮮にも届いて、ある日、「自分達は、悲惨な生活をしているのだ。」と気がついてしまった。
こうなると、今まで、「無知」によって抑制されていた忍耐が、一気に爆発することになる。
私は、北の崩壊は、もういつでも起こりうると考えていて、それを周辺諸国(日米韓中)が必死で抑止している状況というのが、現状じゃないのかなあ?と、穿ってみているのですがどうでしょうか?
つまり、今崩壊されたら、100万とも200万とも300万とも言われる北の難民が、一気に周辺諸国に押し寄せてくることが容易に予想されるわけですが、これは、多分、東西ドイツの統一の時を考えてみても、日本にも多大な経済的影響を与える事は間違いない(共倒れも予想できる)ことですから、できるだけ、今のこの最悪の経済状態の時には遠慮願って、少なくとももう少し状況が良くなるまでという具合に様子を見ているというのが現状じゃないでしょうか?
これが当たっているならば、私達は、今度は、北朝鮮に存在している家庭内の一人ひとりの不幸に目をつむって、上辺では、北朝鮮人民の心配をしながら、内心では、なるべくは自分には不幸が振りかかってこないように願うという、ダブルスタンダードを余儀なくされているわけです。
北朝鮮の人々が、どれだけ外部の干渉による「開放」を望んでいるかというその思いの強さと、我々周辺国の人々が、どれだけ、彼らの痛みを自分の痛みと感じて、助けてあげたいと言う思いの強さとの押し問答が始まっているんだと思うんですよねえ。
しかし、このキム政権の拉致家族問題というものは、その、私達の思いを削ぐという方向には充分すぎるほどの効果があったわけで、この問題が、できるだけ良い方向でソフトランディングするまでは、多分、少なくとも日本に限っては、受け入れ態勢が整うのは、遥か遠い未来の話になるだろうと思います。
これは メッセージ 30149 (moriya99 さん)への返信です.
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