RE: >原爆投下の理由
投稿者: mtlebanonpa 投稿日時: 2004/01/08 21:52 投稿番号: [29855 / 118550]
こんにちは!私の投稿にレスいただいたので、レスを返させていただきます。
私の投稿はOmatinaseiさんの「日本人への憎しみ」に対して、当時のアメリカでは日本人を憎んでいた人達がいた事の例をのべただけです。
これが、原爆投下の主な理由だとは思っていません。貴殿のソ連に先駆けるというのも理由でしょうが、ソ連の参戦はアメリカが要請した事で、ルーズベルトの参加したヤルタ会談で決まっていたことなのです。ドイツの降伏から90日以内というのは、8月5日がその最終日だったのです。原爆の威力を見て参戦したのは事実でしょう。トルーマンがスターリとポツダムで会った時は、ネバダの原爆実験は既に成功していたので、ソ連が参戦前に投下したかったと言う説でしょうが・・・、成功していたことは、「原爆投下で戦争を終わらせる」可能性があることが解っていたわけで、既に2ヶ月半以上遅れているソ連の参戦を断る事が出来たはずです。実際、それはなかったので、ソ連の参戦に先立つという理由はあったでしょうが、それだけでは無かったでしょう。その他にも色々と理由が憶測されていますし、多分それらも考慮されたことでしょうが、でも、これ以上のアメリカ軍人の犠牲なしで、戦争を終えるというのが、やはり一番の理由でしょう。
Omasinaseiさんも言っているように「一億総玉砕」、「婦女子の竹槍訓練」等々、本土上陸作戦では簡単に終戦に到達出来る可能性は少なかったのです。この方も言っているように、「ところが、一億玉砕などと言っておきながら、原爆の脅威に日本は降伏しました」。これを逆に考えると、原爆の脅威がなかったら、一億玉砕まで戦争が続いていたでしょう。
「一億玉砕」に関して、特に可能性が無いと、これを否定する理由が無かったのです。多分、グアム島での、民間日本人の崖から海に飛び込むフィルムを見たことがおありだと思います。沖縄でも同様な事が起きていたのです。神風攻撃は言うまでもありません。
日本が降伏まじかだという情報はあったかもしれません、でも、原爆投下の予告のビラ(下記のURL)を日本が信じなかったように、こういう情報を完全に信じる事は難しかったのです。
原爆 広島 予告ビラでサーチすればでてきます。
http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/singata.htm
「私の母親は、戦時中の女学校時代を広島市で過ごしました。ところが、昭和20年8月6日の原爆投下の時は、母親は、危うく難を逃れたのです。なぜ逃れることができたかというと、事前に新型爆弾投下の予告のビラが市内にまかれたからです。」
[無駄な二十万人近くの市民の犠牲を出さなくても終戦は可能だったのです。」
ビラを信じた人達もいたのです。避難していれば難を逃れたのです。これは他の都市の爆撃でも同じで、予告のビラはまかれたのです。しかし、色々な理由(例えば、天候)で、予告通りに行われなかったものもあったのも、ビラを信じない悲劇につながったのでしょう。でも、当時としては、出来るだけの事をしたのではないかと思います。
それに、原爆の数もなかったし。市街地以外、例えば、離れ島などに投下して威力を示すことが出来たかもしれません、でも、それで日本が降伏するという保証はなかったのです。犠牲になられた人達には申し訳ありませんが、これが、日本を降伏に導く最良の方法だったのです。
これは、今回のバグダッドで亡くなった一般市民の方達も同様です。ただ、フセインが疎開を許さなかった事で、違いはあるでしょうけど。
私の投稿はOmatinaseiさんの「日本人への憎しみ」に対して、当時のアメリカでは日本人を憎んでいた人達がいた事の例をのべただけです。
これが、原爆投下の主な理由だとは思っていません。貴殿のソ連に先駆けるというのも理由でしょうが、ソ連の参戦はアメリカが要請した事で、ルーズベルトの参加したヤルタ会談で決まっていたことなのです。ドイツの降伏から90日以内というのは、8月5日がその最終日だったのです。原爆の威力を見て参戦したのは事実でしょう。トルーマンがスターリとポツダムで会った時は、ネバダの原爆実験は既に成功していたので、ソ連が参戦前に投下したかったと言う説でしょうが・・・、成功していたことは、「原爆投下で戦争を終わらせる」可能性があることが解っていたわけで、既に2ヶ月半以上遅れているソ連の参戦を断る事が出来たはずです。実際、それはなかったので、ソ連の参戦に先立つという理由はあったでしょうが、それだけでは無かったでしょう。その他にも色々と理由が憶測されていますし、多分それらも考慮されたことでしょうが、でも、これ以上のアメリカ軍人の犠牲なしで、戦争を終えるというのが、やはり一番の理由でしょう。
Omasinaseiさんも言っているように「一億総玉砕」、「婦女子の竹槍訓練」等々、本土上陸作戦では簡単に終戦に到達出来る可能性は少なかったのです。この方も言っているように、「ところが、一億玉砕などと言っておきながら、原爆の脅威に日本は降伏しました」。これを逆に考えると、原爆の脅威がなかったら、一億玉砕まで戦争が続いていたでしょう。
「一億玉砕」に関して、特に可能性が無いと、これを否定する理由が無かったのです。多分、グアム島での、民間日本人の崖から海に飛び込むフィルムを見たことがおありだと思います。沖縄でも同様な事が起きていたのです。神風攻撃は言うまでもありません。
日本が降伏まじかだという情報はあったかもしれません、でも、原爆投下の予告のビラ(下記のURL)を日本が信じなかったように、こういう情報を完全に信じる事は難しかったのです。
原爆 広島 予告ビラでサーチすればでてきます。
http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/singata.htm
「私の母親は、戦時中の女学校時代を広島市で過ごしました。ところが、昭和20年8月6日の原爆投下の時は、母親は、危うく難を逃れたのです。なぜ逃れることができたかというと、事前に新型爆弾投下の予告のビラが市内にまかれたからです。」
[無駄な二十万人近くの市民の犠牲を出さなくても終戦は可能だったのです。」
ビラを信じた人達もいたのです。避難していれば難を逃れたのです。これは他の都市の爆撃でも同じで、予告のビラはまかれたのです。しかし、色々な理由(例えば、天候)で、予告通りに行われなかったものもあったのも、ビラを信じない悲劇につながったのでしょう。でも、当時としては、出来るだけの事をしたのではないかと思います。
それに、原爆の数もなかったし。市街地以外、例えば、離れ島などに投下して威力を示すことが出来たかもしれません、でも、それで日本が降伏するという保証はなかったのです。犠牲になられた人達には申し訳ありませんが、これが、日本を降伏に導く最良の方法だったのです。
これは、今回のバグダッドで亡くなった一般市民の方達も同様です。ただ、フセインが疎開を許さなかった事で、違いはあるでしょうけど。
これは メッセージ 29836 (kateba_kangun_waruika さん)への返信です.
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