対イラク武力行使

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Bagdhad Burning 1/05/04 (2)

投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/01/06 17:57 投稿番号: [29765 / 118550]
3月は戦争と恐怖をもたらした。私たちが目撃した光景で、どの1日も1週間のような感じになり、1年のように思われる日もあった。時間の観念を失い、時間や分ではなく、爆発の回数を数え始めた日もあった。日付を口にするのを止め、最後に叔父を目にしたのは...アメリカ人がAl Shu'laにある市場を爆撃して、数十人の人が殺された日だ」というようなことを口にし始めた。

戦争は4月に終わったという噂だったが、実際にはそうではなかった。4月はまた別の恐怖の始まりにすぎなかった。バグダッドが燃え、犯罪者によって略奪されるのを見た。燃えた自動車の中の死体、道路脇で炭化した死骸を目にした。タンクやアパッチが左右に掃射するのを見た。戦争から本格的な占領に変わったのを知った。

そして、こうしてこの2,3時間私たちは座り、この2,3ヶ月のことを思い、将来のことを描いている。背後では、いくつかの爆発音や銃撃、ヘリコプター、飛行機の音が聞こえた。私は、恐ろしい何かが起こり、私たちが新しい年の始まりを迎えることはできないのではないか、とずっと考えていた。

午後10時頃、発電機を始動し、私たちはテレビの回りに集まって、他の国の人々が新年を迎えるのを祝う姿を見た。時計が12時を打ち、私たちの周囲の衝撃音がひどくなり始める前、子供たちは居間の石油ストーブの前で眠りに落ちた。12時になった直後、戦闘機と爆発の音がひどくなり、私たちはテレビの音声を聞き取れなくなった。いつも通り、ニュースでは何事もない。外では、修羅場が繰り広げられているときに、Al-Iraqiyaでは、青色の背景でモットーをフェイドインし、フェイドアウトさせていた(*ここはよく理解できなかった)。翌日、私たちは、Karradaの裕福な地区のA'arassatにあるレストランの正面に爆発物が仕掛けられたのを知った。

2004年の最初の数日はどのようなものだったか?2003年の最初の数ヶ月と似たようなものだった。最近の数日は爆弾と爆発の連続だった。数日前の夜は、クラスタ爆弾を使って、ある地区を爆撃していた。クラスタ爆弾が落ちる前には、この恐ろしい金切り音が発せられる(*多分、彼女が嫌っているサイレンのこと)。私たちは、象が怒って泣き叫ぶ声にその音が似ていることから、「象」と呼んでいる。私には、それがどういうものか、その目的が何であるのか、はっきりとは知らない。誰かが、爆弾が落下する前に地上にいる兵士がタンクに隠れられるようにするための、ある種の警告信号じゃないか、と言っていた。普段はその後に恐ろしい爆発が続き、地面が震える。

聞いたり、見たりすることに慣れることができるというのは、奇妙なことだ。初めてのときは、いつでも最悪だ。クラスタ爆弾を初めて体験したときや、爆発の衝撃とともに体の下の地面が震えるのを初めて感じたとき。タンクが近くの家に向かって初めて砲撃したとき、初めて検問所で...初めて窓が壊れ、壁が砕け散り、戸の蝶番が外れたとき。初めて大使館が爆破されたとき、初めてレストランが...怒りや悲しみを感じなくなるというのではない。単に生活の一部になり、3月には雨、7月には日差しを待つように、そのことを当たり前のこととして待つようになるのだ。

2004年が2003年よりも素晴らしい年になりますように。

(終わり)
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