危険思想?
投稿者: assaraamaaleicomn 投稿日時: 2003/12/29 15:26 投稿番号: [29530 / 118550]
「自由の国」アメリカはたったこれだけの言説も許容できないのか?
「赤狩り」と言う魔女裁判もいまだにイデオロギーとして残存し、「愛国者法」と名のつく思想弾圧が公然とまかり通る「自由の国」とは一体何か?
ここに来ているアメリカのお客さんだけなのか、全体なのか、そもそもたったこれだけの自虐的な文章さえをも、「危険思想」と断定して大げさにヒステリックに否定しなければならないということは、そもそもの「アメリカの自由」の基盤そのものが非常にもろい土台の上に存在していることの証明にほかならないのではないのだろうか?
私はこれらの類のいかなる中傷にも、言論・表現の自由の元、「鼻で笑ってやる」ぐらいの下地のでき上がっている日本の方に、より真の意味の「自由」を感じて、比較の問題としてではあるが、安心するこの頃である。
この二人(一人かも)によって、何でもない日常から続々と魔女が作り出されたように、ヒステリックな人間(状況下)では、思考の幅がどんどん狭くなって、ある一定の方向にしか見えなくなってしまうという心理によって、ある視点から見れば何でもない文章が、どんどん「危険思想を含む文章」に仕立てられているのを見ているのは、それはそれで怖いことでもある。
>「権現としてのイスラム」とは、ビンラディンを指してるとしか思えませんが・・・
「としか思えない」ですか?しかし状況が一つ変われば、そういうことにならないとも限らないとも私は思います。また違う可能性の状況の変化で、ビンラディンさえも、アメリカと同列に考えるべきことになるかもしれません。まだ何も解ってはいないでしょう?
これは メッセージ 29529 (tet010101 さん)への返信です.
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