対イラク武力行使

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テロの歴史その2(80ー81)

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2003/12/25 16:44 投稿番号: [29417 / 118550]
1980年4月   アメリカイランと国交を絶つ。
1980年4月   ソビエトアフガニスタン侵略。抗議のためアメリカモスクワオリンピックを出場拒否

1980年4月
ロンドンのイラン大使館、6人のアラブ人、アラブ解放運動民 主主義革命と名乗るテロリストに乗っ取られる。(the Democratic Revolutionary Front for the Liberation of Arabistan)24人が人質になり、数日後、イギリス警察との撃ち合いのすえ6人のうち5人の犯人が撃ち殺される。人質一人がころされ二人が怪我をした。

1980年9月   イラン対イラク戦争はじまる戦争は1988年の停戦まで続き約60万人のイラン人、40万人のイラク人が戦死した。

1981年元日   ロナルドレーガンアメリカの大統領に就任。4時間後444日ぶりにイランはアメリカの人質を解放した。(1979年イラン革命直後、アメリカ大使館の職員数十人がイランのテロリストの人質になっていた)

1981年5月13日   ジョンポール二世法王がバチカンにて暗殺未遂。パレスチナのテログループのメンバー、アリアグカが犯行責任を発表。(Ali   Agca)暗殺は失敗におわり、法王は後に犯人を恩赦、犯人はトルコへ帰国したが、新聞編集長殺害の疑いでトルコで拘留されている。

1981年5月   アメリカ、リビアとの国交を一時停止する。

1981年6月   イスラエルとの平和条約を結んだエジプトの大統領サダト暗殺される。犯人の兵士は密かに(the Takfir Wal-Hajira)というイスラム教テログループのメンバーとなっていた。大統領のアメリカの外交官4人を含む20人が怪我をした。
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