人格、政治システム、産業構造と国家
投稿者: bin5ban5 投稿日時: 2003/05/11 18:38 投稿番号: [26315 / 118550]
Oソルジェニーツィン著/木村浩訳『収容所群島1』(新潮文庫,1975年)
・p.247
もし物事が次のように簡単だったら、どんなに楽なことか! どこかに悪党がいて、悪賢く悪事を働いており、この悪党どもをただ他の人々から区別して、抹殺さえすればよいのだったら。ところが、善と悪とを区別する境界線は各人の心のなかを横切っているのであり、いったい、誰が自分の心の一部を抹殺することができるだろうか。
人生の流れによって、この境界線はその心の上を移動していく。時には歓喜する悪に圧迫されて、時には花開く善に場所をあけながら。同一人物がその年齢によって、または置かれた環境によって、まったく別人になることがある。悪魔に近い人間になったり、聖人に近い人間になったりする。が、その名前は変わらない。そして、私たちは何もかもをその名前のせいにする。
ソクラテスはわれわれに遺言した−−自分自身を知れ!
自分たちを迫害したものをまさに糾弾しようとして、私たちは、一瞬、その場で茫然と立ちすくむ−−死刑執行人に私たちでなく彼らがなったのは、人生の成行きにすぎなかったのではないか、と。
・pp.254-255
もっとも、前世紀の偉大なる世界文学は、すこぶる腹黒い悪党どもの見本をいくつもいくつも創り出している−−シェークスピアも、シラーも、ディケンズも。が、それらはもはや私たちにはいくらか滑稽に見え、現代感覚にはそぐわないように思われる! 問題はこれらの古典的悪党の描かれ方にある。これらの悪党は逃げも隠れせず自分を悪党と認め、自分の心は黒い邪悪なものだと自覚している。悪党どもは考える。−−<邪悪な所業をなさずに、生きてはいられぬ>と。<さて、父親と兄弟を喧嘩させてやるか! では、犠牲者の苦悩を楽しむとするか!>と、いった具合である。イヤゴーは自分の目的と動機を、憎悪から生まれた黒い邪悪なものだ、とはっきり認めている。
いや、そんなことはない! 悪をなすには、人間はそれ以前にそれを善と見なすか、あるいは自明の必然的行為と認めなければならないのだ。幸いにも、人間の本質とはそういうものであり、人間は自分の行為を正当化しなければならないのだ。
O宮台真司著『これが答えだ! 新世紀を生きるための108問108答』(朝日文庫, 2002年)
・pp.198-199
問題は指導者自体ではなく、無能な指導者を公正に淘汰し、有能な指導者を公正に選択できるメカニズムです。だから国家にとって大事なのは、指導者ではなくシステムなのです。たまたま出現した特定指導者の偶発的な資質や人格を信頼するようなメカニズムは、きわめて脆弱で当てになりません。つまり、特定指導者がどんな思想を持つかによって社会が決まってしまうようなシステムではダメだということです。優秀な資質を持った人間を指導者になるように動機づけ、指導者の権力をいつでも取り替えられるような、特定指導者の資質に寄りかからない政治システムだけが、複雑な社会では健全だと言っているわけです。
O平井規之、萩原伸次郎、中本悟、増田正人著『概説アメリカ経済』(有斐閣選書, 1994年)
・p.63
アイゼンハワー告別演説と「軍産複合体」
政府部内のいろいろな会議で、この軍産複合体が、意識的にであれ、無意識的にであれ、不当な勢力を獲得しないよう、われわれとしては警戒していなければならない。この勢力が誤って台頭し、破壊的な力をふるう可能性は、現に存在しているし、将来も存在しつづけるであろう
・p.247
もし物事が次のように簡単だったら、どんなに楽なことか! どこかに悪党がいて、悪賢く悪事を働いており、この悪党どもをただ他の人々から区別して、抹殺さえすればよいのだったら。ところが、善と悪とを区別する境界線は各人の心のなかを横切っているのであり、いったい、誰が自分の心の一部を抹殺することができるだろうか。
人生の流れによって、この境界線はその心の上を移動していく。時には歓喜する悪に圧迫されて、時には花開く善に場所をあけながら。同一人物がその年齢によって、または置かれた環境によって、まったく別人になることがある。悪魔に近い人間になったり、聖人に近い人間になったりする。が、その名前は変わらない。そして、私たちは何もかもをその名前のせいにする。
ソクラテスはわれわれに遺言した−−自分自身を知れ!
自分たちを迫害したものをまさに糾弾しようとして、私たちは、一瞬、その場で茫然と立ちすくむ−−死刑執行人に私たちでなく彼らがなったのは、人生の成行きにすぎなかったのではないか、と。
・pp.254-255
もっとも、前世紀の偉大なる世界文学は、すこぶる腹黒い悪党どもの見本をいくつもいくつも創り出している−−シェークスピアも、シラーも、ディケンズも。が、それらはもはや私たちにはいくらか滑稽に見え、現代感覚にはそぐわないように思われる! 問題はこれらの古典的悪党の描かれ方にある。これらの悪党は逃げも隠れせず自分を悪党と認め、自分の心は黒い邪悪なものだと自覚している。悪党どもは考える。−−<邪悪な所業をなさずに、生きてはいられぬ>と。<さて、父親と兄弟を喧嘩させてやるか! では、犠牲者の苦悩を楽しむとするか!>と、いった具合である。イヤゴーは自分の目的と動機を、憎悪から生まれた黒い邪悪なものだ、とはっきり認めている。
いや、そんなことはない! 悪をなすには、人間はそれ以前にそれを善と見なすか、あるいは自明の必然的行為と認めなければならないのだ。幸いにも、人間の本質とはそういうものであり、人間は自分の行為を正当化しなければならないのだ。
O宮台真司著『これが答えだ! 新世紀を生きるための108問108答』(朝日文庫, 2002年)
・pp.198-199
問題は指導者自体ではなく、無能な指導者を公正に淘汰し、有能な指導者を公正に選択できるメカニズムです。だから国家にとって大事なのは、指導者ではなくシステムなのです。たまたま出現した特定指導者の偶発的な資質や人格を信頼するようなメカニズムは、きわめて脆弱で当てになりません。つまり、特定指導者がどんな思想を持つかによって社会が決まってしまうようなシステムではダメだということです。優秀な資質を持った人間を指導者になるように動機づけ、指導者の権力をいつでも取り替えられるような、特定指導者の資質に寄りかからない政治システムだけが、複雑な社会では健全だと言っているわけです。
O平井規之、萩原伸次郎、中本悟、増田正人著『概説アメリカ経済』(有斐閣選書, 1994年)
・p.63
アイゼンハワー告別演説と「軍産複合体」
政府部内のいろいろな会議で、この軍産複合体が、意識的にであれ、無意識的にであれ、不当な勢力を獲得しないよう、われわれとしては警戒していなければならない。この勢力が誤って台頭し、破壊的な力をふるう可能性は、現に存在しているし、将来も存在しつづけるであろう
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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