yousunwaiさんへ
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/04/29 14:55 投稿番号: [26050 / 118550]
また横レスですが、たしかに今回の戦争に反対といっても、それはこの戦争のやり方に対する意義申し立て(もっと別の対処法ができないか?という)であるはずで、ただアメリカのやることに個人として反対だけしても仕方がないのですが。日本の国としてはアメリカを支持しているわけで、そのことを視野に入れて、あくまでも別の方法論の申し立てでなければ本来的にいけないということなのかな。
資本主義は私的財産の所有を基本にしていて、従って立場としては個人主義の考えを基本にしてます。
それに対して、共産主義とか、共同体全体の利害を重視する考え方があるかと思うけど、しかし、共産主義みたいに、私的財産そのものを否定してしまう考えもやはり行き過ぎで人間的でないように思います。
とはいえ、資本主義であっても、民主主義の立場から最低限の人権は保障しようとするなら、最低限に個人が安定して安全に暮らすことが出来るために、共同体(社会)として保障する体制を作る必要があります。
福祉、医療、介護、失業者対策、環境汚染対策、災害、テロ対策、戦争からの安全などの面で、人々が互助的に助け合って行くことを補正する機能は、いかに資本主義の自由経済社会であっても考えて行く必要があるのではないか?
そして、テロ対策の一貫としてイラクの所有する大量破壊兵器が問題になったはずです。また人権侵害という点でフセイン政権のあり方が問題になり、そして金正日政権のあり方が問題になっているのだと思います。
テロ対策という点で我々の社会がどのように対処していくかということであるわけですから、我々、1人1人がいかに互助的に関わり合いながらテロ対策を進めて行くか?という問題であると思います。(テロ対策をすべきだということに反対する人はいないかと思います。ただし、民族自決の立場から、イラク攻撃をすべきでなかったという考えはあるかもしれません。ところで、民族自決を主張するなら、理屈の上では「自分の国は自分で守る」という考えになるかと思うのですが。民族自決を言いながら、「自分の国が攻撃されたら他国の軍隊に守ってもらう」というのは理屈としてどうしても納得できないのですが。やや脱線しました。)
ですから、今回の場合、アメリカの戦争のやり方に反対するというのは、アメリカのテロ対策の進め方、そのやり方について、それは違うという意見を述べるというものであるはずです。何も反戦論者がアメリカのやることになんでもかんでも反対し、アメリカと対立する立場にいるわけではないはずだと思うのですが。自分は先進国諸国の側の社会に住む人間であるわけだし。
イラク攻撃反対ということは、あくまで方法論の違いの異義申し立ての立場で反対意見を述べるというものであったはずなのですが。
ところで、話は少し、違いますが、25911でyousunwaiさんがあげられた、町の工場を移転した話なども、前にちょっとレスしたんですが後でちょっと考え直してみました。たしかに、環境保護のために工場に反対するのはいいのですが、それによって町の仕事がなくなる面はあるわけですから、代わりになる仕事を考えるとか(たとえば環境保護を大切にするなら、その工場が移転した空き地に自然観察館でもつくり環境問題で商売するとか)、現実的にはそうした補う対策も失業者対策のために必要かもしれません。運動する人間がそうしたことまで配慮することでより現実味がある運動になる可能性があるのかもしれません。
資本主義は私的財産の所有を基本にしていて、従って立場としては個人主義の考えを基本にしてます。
それに対して、共産主義とか、共同体全体の利害を重視する考え方があるかと思うけど、しかし、共産主義みたいに、私的財産そのものを否定してしまう考えもやはり行き過ぎで人間的でないように思います。
とはいえ、資本主義であっても、民主主義の立場から最低限の人権は保障しようとするなら、最低限に個人が安定して安全に暮らすことが出来るために、共同体(社会)として保障する体制を作る必要があります。
福祉、医療、介護、失業者対策、環境汚染対策、災害、テロ対策、戦争からの安全などの面で、人々が互助的に助け合って行くことを補正する機能は、いかに資本主義の自由経済社会であっても考えて行く必要があるのではないか?
そして、テロ対策の一貫としてイラクの所有する大量破壊兵器が問題になったはずです。また人権侵害という点でフセイン政権のあり方が問題になり、そして金正日政権のあり方が問題になっているのだと思います。
テロ対策という点で我々の社会がどのように対処していくかということであるわけですから、我々、1人1人がいかに互助的に関わり合いながらテロ対策を進めて行くか?という問題であると思います。(テロ対策をすべきだということに反対する人はいないかと思います。ただし、民族自決の立場から、イラク攻撃をすべきでなかったという考えはあるかもしれません。ところで、民族自決を主張するなら、理屈の上では「自分の国は自分で守る」という考えになるかと思うのですが。民族自決を言いながら、「自分の国が攻撃されたら他国の軍隊に守ってもらう」というのは理屈としてどうしても納得できないのですが。やや脱線しました。)
ですから、今回の場合、アメリカの戦争のやり方に反対するというのは、アメリカのテロ対策の進め方、そのやり方について、それは違うという意見を述べるというものであるはずです。何も反戦論者がアメリカのやることになんでもかんでも反対し、アメリカと対立する立場にいるわけではないはずだと思うのですが。自分は先進国諸国の側の社会に住む人間であるわけだし。
イラク攻撃反対ということは、あくまで方法論の違いの異義申し立ての立場で反対意見を述べるというものであったはずなのですが。
ところで、話は少し、違いますが、25911でyousunwaiさんがあげられた、町の工場を移転した話なども、前にちょっとレスしたんですが後でちょっと考え直してみました。たしかに、環境保護のために工場に反対するのはいいのですが、それによって町の仕事がなくなる面はあるわけですから、代わりになる仕事を考えるとか(たとえば環境保護を大切にするなら、その工場が移転した空き地に自然観察館でもつくり環境問題で商売するとか)、現実的にはそうした補う対策も失業者対策のために必要かもしれません。運動する人間がそうしたことまで配慮することでより現実味がある運動になる可能性があるのかもしれません。
これは メッセージ 26047 (yousunwai さん)への返信です.
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