>>>クリーンエネルギー
投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/04/26 23:36 投稿番号: [25949 / 118550]
>>現状で可能なものとしては、風力、水力、太陽光などの自然にいくらでも循環して生み出せるエネルギーを見直すしか、ない状況だと思いますが。
>これらについては、何度か書いているようにエネルギー量として大したことはなく、とても代替エネルギーにはならないはずです。
そうですか。理系の人にあっさり、そう言われてしまうと、やはり無理なのかなあと思いますが。
まあ、石油資源の存続を出来るだけ引き延ばすために、上記の自然エネルギーをできる範囲で補助的に使うしか、ないのでしょうか?主流のエネルギーとしては無理なのでしょうか?
風力発電、水力発電を工業技術によって爆発させてエネルギーとして使うというやり方もあるかもしれませんが、そのためには工業技術に石油を用いる必要があったりするとも考えられ、これでは(結局、石油を使うのでは)意味がありません。
>「石炭クリーン化」というのは窒素酸化物や硫黄酸化物の排出を抑えるという意味で、二酸化炭素削減は全く意味していませんよね。石炭は芳香族炭化水素で、メタンに比べて炭素量が多いので、二酸化炭素削減と言った観点からはあまり使用したくない燃料ですね。
たしかに二酸化炭素削減では石炭はネックになりますが、ただ二酸化炭素ばかりが今、環境問題の一番の悪者みたいにされているのだけど、これは本当のところ、どうなのだろうか?
たとえば、「地球温暖化→南極の氷が解ける」という説があるのだけど、これは仮説段階で本当のところ、そうなるのかは議論が分かれていますよね。
そもそも地球温暖化や異常気象の原因は二酸化炭素だけが要因なのでしょうか?むしろ森林などの自然破壊そのものが原因になっているように思うのですが。
どうもひとつの目安として、二酸化炭素削減ということばかりが環境対策の指針としてひとり歩きしているところがあり、もっと総合的に考えないといけない気がします。
そこらへんはアメリカの学者はどういう見解なのかなあ?
>これよりずっと実現性の高い技術として私が期待していたのは、22585で書いた高速増殖炉です。これだったら、確かに難しいけど、石油がなくなる前に完成する可能性は十分あるような気がします。
そうですか。私は一般的認識で、いまだに日本だけが原子力にこだわっているのはおかしいと思っていたのですが、「もんじゅ」の事故にしてもそういう見方もあるんですね。何でも物事にはいろいろな角度で異なる見方があるものですね。
ちょっと専門知識がないので判断ができないですが、仰るように高速増殖炉が可能性があるものならばなんらかの形で研究を続けるべきかとは思います。
ただ原子力にはやはり後処理の問題とかもありますからね。この後処理の技術をきちんと開発しないで原子力を使って来たこと自体は反省する点がやはりあるようには思うのだけど。
>後半の「過剰消費社会のあり方」と言うのはそのとおりだと思います。
これまでも例えば明るい蛍光灯(インバーター方式)の開発など、消費電力に比べて性能の良い機器が開発されても、それがエネルギー消費量の削減にはつながらず、より良い便利さの方に向かっている場合が多いです。
省エネ車もガソリン消費量が減ったと言って、これまで以上に走行距離を伸ばす方向に消費者が向かう場合も多いと考えられ、制度的にエネルギ消費量を減らす対策を講じる必要がありますね。
結局は、ある意味、一番、オーソドックスな環境問題への対処策だけど、こうなるのでしょうか?
なんだかんだいっても人々の意識変革が必要で、たとえば自動車はあまり使わないとかね。マイカーはやめて、どうしても自動車を運転するときはレンタカーにするとか。暖房は使わないでうちわで我慢するとか。毎週土曜日は電気を使わない日にして、テレビも見ずに読書にふけり夜はろうそくの火で暮らしてみるとか。(子供は毎週1日、そういう日があれば楽しいかも。)なんて原始的な考えですが。
あと、やっぱり自然に還れ、というのか、植林を植えて、また土にかえらないゴミはなくしていって、ゴミを土にかえす。つまり失われた自然の循環を取り戻すことです。結局、開発ばかりに明け暮れて、取り戻すことをしないからひどいことになったわけで。しかし、本当にこの「開発→自然を取り戻す」への転換をはかるには経済システムのあり方自体を見直すしかないのですが(手間ひまかけて自然を取り戻すなんてお金にならないことは積極的には誰もしませんからね。現状では)、また机上の空論になってしまうのかな?
すっかり環境問題に脱線してきました。
>これらについては、何度か書いているようにエネルギー量として大したことはなく、とても代替エネルギーにはならないはずです。
そうですか。理系の人にあっさり、そう言われてしまうと、やはり無理なのかなあと思いますが。
まあ、石油資源の存続を出来るだけ引き延ばすために、上記の自然エネルギーをできる範囲で補助的に使うしか、ないのでしょうか?主流のエネルギーとしては無理なのでしょうか?
風力発電、水力発電を工業技術によって爆発させてエネルギーとして使うというやり方もあるかもしれませんが、そのためには工業技術に石油を用いる必要があったりするとも考えられ、これでは(結局、石油を使うのでは)意味がありません。
>「石炭クリーン化」というのは窒素酸化物や硫黄酸化物の排出を抑えるという意味で、二酸化炭素削減は全く意味していませんよね。石炭は芳香族炭化水素で、メタンに比べて炭素量が多いので、二酸化炭素削減と言った観点からはあまり使用したくない燃料ですね。
たしかに二酸化炭素削減では石炭はネックになりますが、ただ二酸化炭素ばかりが今、環境問題の一番の悪者みたいにされているのだけど、これは本当のところ、どうなのだろうか?
たとえば、「地球温暖化→南極の氷が解ける」という説があるのだけど、これは仮説段階で本当のところ、そうなるのかは議論が分かれていますよね。
そもそも地球温暖化や異常気象の原因は二酸化炭素だけが要因なのでしょうか?むしろ森林などの自然破壊そのものが原因になっているように思うのですが。
どうもひとつの目安として、二酸化炭素削減ということばかりが環境対策の指針としてひとり歩きしているところがあり、もっと総合的に考えないといけない気がします。
そこらへんはアメリカの学者はどういう見解なのかなあ?
>これよりずっと実現性の高い技術として私が期待していたのは、22585で書いた高速増殖炉です。これだったら、確かに難しいけど、石油がなくなる前に完成する可能性は十分あるような気がします。
そうですか。私は一般的認識で、いまだに日本だけが原子力にこだわっているのはおかしいと思っていたのですが、「もんじゅ」の事故にしてもそういう見方もあるんですね。何でも物事にはいろいろな角度で異なる見方があるものですね。
ちょっと専門知識がないので判断ができないですが、仰るように高速増殖炉が可能性があるものならばなんらかの形で研究を続けるべきかとは思います。
ただ原子力にはやはり後処理の問題とかもありますからね。この後処理の技術をきちんと開発しないで原子力を使って来たこと自体は反省する点がやはりあるようには思うのだけど。
>後半の「過剰消費社会のあり方」と言うのはそのとおりだと思います。
これまでも例えば明るい蛍光灯(インバーター方式)の開発など、消費電力に比べて性能の良い機器が開発されても、それがエネルギー消費量の削減にはつながらず、より良い便利さの方に向かっている場合が多いです。
省エネ車もガソリン消費量が減ったと言って、これまで以上に走行距離を伸ばす方向に消費者が向かう場合も多いと考えられ、制度的にエネルギ消費量を減らす対策を講じる必要がありますね。
結局は、ある意味、一番、オーソドックスな環境問題への対処策だけど、こうなるのでしょうか?
なんだかんだいっても人々の意識変革が必要で、たとえば自動車はあまり使わないとかね。マイカーはやめて、どうしても自動車を運転するときはレンタカーにするとか。暖房は使わないでうちわで我慢するとか。毎週土曜日は電気を使わない日にして、テレビも見ずに読書にふけり夜はろうそくの火で暮らしてみるとか。(子供は毎週1日、そういう日があれば楽しいかも。)なんて原始的な考えですが。
あと、やっぱり自然に還れ、というのか、植林を植えて、また土にかえらないゴミはなくしていって、ゴミを土にかえす。つまり失われた自然の循環を取り戻すことです。結局、開発ばかりに明け暮れて、取り戻すことをしないからひどいことになったわけで。しかし、本当にこの「開発→自然を取り戻す」への転換をはかるには経済システムのあり方自体を見直すしかないのですが(手間ひまかけて自然を取り戻すなんてお金にならないことは積極的には誰もしませんからね。現状では)、また机上の空論になってしまうのかな?
すっかり環境問題に脱線してきました。
これは メッセージ 25943 (bobprn1234 さん)への返信です.
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