akirajapanjpさんへ(その2)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2003/04/14 18:05 投稿番号: [24690 / 118550]
>しかし、実際に関わる事のできる場所を知らない、深い思想を持ち合わせていないなどの方は、
反戦運動をしてはならない?
そんなこと言ってますか?良く考えて(方法論)やって欲しいという願望は述べていますが。それに、深い思想がなくても、考えられるでしょ。考えられなければ、それを先導する連中が考えてあげれば良いでしょう。だって、どこそこに集まってという連中が呼びかけをしたり、どこぞの団体が動員かけてやったりしているのですから、そういう連中は、ある程度、物事を考えてやっているはずですよ。何も考えてない先導者のところの運動やそれさえもわからないというなら反戦運動に参加するのはお勧めしませんよ。
つまり、深い思想がない人は、反戦運動する場合には、そうした連中の先導する運動のうちどこに参加すれば、戦争が止められそうか考えてやれば良いと思いますよ。そのくらいは、考えて欲しいと思っていますよ。ないなら、どんなものでもいいからやっちゃえってのは、乱暴だと思いますし、その他の方法だってあるはずですからね。もちろん、かかわれないのなら、祈るだけだっていいんじゃないですか?関わって、関係のない人に、迷惑がかかることもある反戦運動を無理矢理やる必要はないですよ。
それでも、何かしたいというのなら、自己満足運動かもしれないという認識をして、通行人などに迷惑のかからない方法でやることは、社会に生きる人としての最低限のエチケットだと思いますよ。さらに、それもわからない人は、そもそも、反戦がどうのということ以前の問題ですよ。目先の運動等は見送って、もう一度、社会勉強してから、反戦運動に関わることをお勧めします。
(あ、最初の前提を言い忘れていましたが、反戦運動というのは、反戦という言葉を皆に分かるように掲げて、皆に呼びかけてやっているような運動のことを言っています。うまく、定義できていないかもしれませんが、そういうニュアンスの意味で言っています。足りない部分があるかもしれないことは、先にお断りしておきます。)
>査察の続行希望がありませんでしたか?
ありましたね。でも、戦争が始まる寸前になると、アメリカやめろの大合唱になったと思いますよ。その前に査察継続は、アメリカの反対をしているということをまず、認識しなくてはいけないと思います。反戦派は、現実がわかっていないという論調が、このトピでもありましたが、反戦は、戦争をしないことを目的としているのですから、強い方をくじこうとしても成功する可能性は低すぎます。効果的な方法論を考えたらどうですか?と言っているのですよ。
ところで、反戦運動は、最初から、戦争は、まず、止めることはできないという前提でやっていたのでしょうか?それなら、理解はできます。ただ、この場合、悪い意味での事故満足と思われてもしようがないですよ。
>戦争を止める以外の目的を持ったものではなかったように思いますが?
そうでしょうかね〜。戦争をとめる目的なら反省があってもしかりですが、聞こえてきませんね。戦争は止められなかったということについて反省がもっと、出てきても良いのではないですか?今度はこういうやり方しようとか、もっと出てきていいと思いますよ。それは、運動をやること自体が主な目的だったからではないのですか?運動は大成功でしたよね。それなりに人は集まって、そこに参加した皆は、反戦を叫んだのですから。だから、反省点はないでしょう。運動自体は大成功だったのですよ。戦争はとめられなかったとしても、やれることはやったという満足感はあるはずですから。(もちろん、全部がそうと言うと突っ込まれますので、大方はそうだったのではないかと思っていますよ。)だから、意味がないとは言ってませんが、やるなら、もっと、考えて(方法論)行動して欲しいと言ってるわけですよ。
>「戦争反対 NO WAR」と叫ぶ多くの老若男女。yousunwaiさんは、この姿をどう見ていましたか?
私は、ずっと容認派でしたが、最初は感動しましたね。いいものです。皆で同じ目的のために行動するというものは。と、思っていました。だけど、戦争が始まる頃までには、これは、方法論(戦術・戦略)が違ってるかもしれないな〜と思うようになりました。目立ったのは「NO WAR」なのですが、その後に、「アメリカやめろ」というニュアンスが強く出ていたような気がしましたからね。さらに、目的は、本当に戦争をとめることなの?という疑問も沸いてきましたけど。
ほとんどの反戦派の人は、感情的なものを主に基礎としていているように思います。それは、大切なことです。しかし、戦争のない世の中を作りたければ、現実に重きを置いて欲しいですし、それを踏まえて反戦運動も戦略的であって
反戦運動をしてはならない?
そんなこと言ってますか?良く考えて(方法論)やって欲しいという願望は述べていますが。それに、深い思想がなくても、考えられるでしょ。考えられなければ、それを先導する連中が考えてあげれば良いでしょう。だって、どこそこに集まってという連中が呼びかけをしたり、どこぞの団体が動員かけてやったりしているのですから、そういう連中は、ある程度、物事を考えてやっているはずですよ。何も考えてない先導者のところの運動やそれさえもわからないというなら反戦運動に参加するのはお勧めしませんよ。
つまり、深い思想がない人は、反戦運動する場合には、そうした連中の先導する運動のうちどこに参加すれば、戦争が止められそうか考えてやれば良いと思いますよ。そのくらいは、考えて欲しいと思っていますよ。ないなら、どんなものでもいいからやっちゃえってのは、乱暴だと思いますし、その他の方法だってあるはずですからね。もちろん、かかわれないのなら、祈るだけだっていいんじゃないですか?関わって、関係のない人に、迷惑がかかることもある反戦運動を無理矢理やる必要はないですよ。
それでも、何かしたいというのなら、自己満足運動かもしれないという認識をして、通行人などに迷惑のかからない方法でやることは、社会に生きる人としての最低限のエチケットだと思いますよ。さらに、それもわからない人は、そもそも、反戦がどうのということ以前の問題ですよ。目先の運動等は見送って、もう一度、社会勉強してから、反戦運動に関わることをお勧めします。
(あ、最初の前提を言い忘れていましたが、反戦運動というのは、反戦という言葉を皆に分かるように掲げて、皆に呼びかけてやっているような運動のことを言っています。うまく、定義できていないかもしれませんが、そういうニュアンスの意味で言っています。足りない部分があるかもしれないことは、先にお断りしておきます。)
>査察の続行希望がありませんでしたか?
ありましたね。でも、戦争が始まる寸前になると、アメリカやめろの大合唱になったと思いますよ。その前に査察継続は、アメリカの反対をしているということをまず、認識しなくてはいけないと思います。反戦派は、現実がわかっていないという論調が、このトピでもありましたが、反戦は、戦争をしないことを目的としているのですから、強い方をくじこうとしても成功する可能性は低すぎます。効果的な方法論を考えたらどうですか?と言っているのですよ。
ところで、反戦運動は、最初から、戦争は、まず、止めることはできないという前提でやっていたのでしょうか?それなら、理解はできます。ただ、この場合、悪い意味での事故満足と思われてもしようがないですよ。
>戦争を止める以外の目的を持ったものではなかったように思いますが?
そうでしょうかね〜。戦争をとめる目的なら反省があってもしかりですが、聞こえてきませんね。戦争は止められなかったということについて反省がもっと、出てきても良いのではないですか?今度はこういうやり方しようとか、もっと出てきていいと思いますよ。それは、運動をやること自体が主な目的だったからではないのですか?運動は大成功でしたよね。それなりに人は集まって、そこに参加した皆は、反戦を叫んだのですから。だから、反省点はないでしょう。運動自体は大成功だったのですよ。戦争はとめられなかったとしても、やれることはやったという満足感はあるはずですから。(もちろん、全部がそうと言うと突っ込まれますので、大方はそうだったのではないかと思っていますよ。)だから、意味がないとは言ってませんが、やるなら、もっと、考えて(方法論)行動して欲しいと言ってるわけですよ。
>「戦争反対 NO WAR」と叫ぶ多くの老若男女。yousunwaiさんは、この姿をどう見ていましたか?
私は、ずっと容認派でしたが、最初は感動しましたね。いいものです。皆で同じ目的のために行動するというものは。と、思っていました。だけど、戦争が始まる頃までには、これは、方法論(戦術・戦略)が違ってるかもしれないな〜と思うようになりました。目立ったのは「NO WAR」なのですが、その後に、「アメリカやめろ」というニュアンスが強く出ていたような気がしましたからね。さらに、目的は、本当に戦争をとめることなの?という疑問も沸いてきましたけど。
ほとんどの反戦派の人は、感情的なものを主に基礎としていているように思います。それは、大切なことです。しかし、戦争のない世の中を作りたければ、現実に重きを置いて欲しいですし、それを踏まえて反戦運動も戦略的であって
これは メッセージ 24689 (yousunwai さん)への返信です.
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