対イラク武力行使

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雑文2

投稿者: anasazi_mesa 投稿日時: 2003/03/13 18:44 投稿番号: [246 / 118550]
私は、反戦論者は「良心」から出発し、戦争容認論者は「論理」から出発している。
といいました。

こう考えると、両者の議論がなぜ不毛な結果になるかがわかってきます。
それは、相手が自分と同じものを根拠にしていると思ってしまう、誤解から生じ
るのではないか、ということです。


「良心」つまり「心の性質」を出発点にしている反戦論者は、戦争容認論者も自
分と同じように「心の性質」を出発点にしていると誤解してしまうのです。する
とどうなるか、戦争容認論者の「心の性質」とはかなりたちの悪いものだな、人
殺しをなんとも思っていないか、金儲けのことしか考えていないか、そういう
「心の性質」なんだから、戦争容認なんていう考えが出てくるんだな、と考えて
しまいます。しかし、それは反戦論者の誤解に基づく判断です。戦争容認論者
は、「良心」から出発しているわけではないのですから。「良心」が善であろう
と悪であろうと、自分の論理には直接の関係はないと思っているのですから。

反対に「論理」を出発点にしている戦争容認論者も同じような誤解に陥ります。
つまり、相手も、なにかしらの論理を根拠にしているはずなのに、どうして反戦
論者はこんなに簡単な理屈を理解できないのか?、幼稚でおめでたい考えから脱
却できないのか?と考えるわけですね。そうです、これも誤解なのです。反戦論
者は「論理」から出発しているわけではないのですから。どのような論理の前に
も、揺らぐことがないものが「良心」だと思っているのですから。


なんだか、不毛な論戦の理由がわかってくるような気がしませんか?
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