>反グローバリズムの貧困(私的理解)
投稿者: yosh0092000 投稿日時: 2003/04/11 22:20 投稿番号: [24183 / 118550]
ふぅ。かなり歯ごたえありますね。私なりに理解したつもりのところを書いてみます。
それにしても昨今の戦争が領土拡張戦争ではなく、経済拡張戦争である、とは普段感じていたことですが、自由貿易を基本とする経済『システム』における主動的な地位を求めた物だという一歩を踏み出せば、こう論理を進められるのですね。
米国が建前上『自由』『グローバリズム』などと表明して戦争を行った結果、領土保全拡張の意図によって思想独裁を行っていた国家を打倒すれば、一見、米国の領土が拡張され帝国主義に向けて一歩進んだ、と見え世界に多くの反対者を増産する。
しかし、米国が実際に望んでいるのは物理的な『領土拡張』ではなく、閉鎖的な国を開くことでより富を増すだろう『経済システムの支配』である。
現代社会における「価値」基準は、土地が基本となる素の農耕生産物や天然資源そのものよりも、それら「素の資源」に「サービス」や「付加価値」を加えた多種多様の「商品」を圧倒的に高く評価する(補足:日本の加工貿易を考えれば明白である)、中には「素の資源」をほとんど必要としてないと算定されるほどの「商品」すらある。ソフトウェアなどその最たるものだろう。
米国はそれら「商品」の利を獲るために『自由』建前に『経済システム』を支配しようとする。現代的な『経済システム』が、一応、『自由』貿易を基本に形成されていることを考えれば、当然の選択とも言える。
だが、この建前であり必要でもある『自由』は逆にアメリカに牙を剥く。
現在、経済力において世界で一、二を争う米国と日本は、『自由化』という建前とは異なり、旧い領土的な思想に基づく強硬な保護貿易を推進したり、極端に閉鎖的な経済態勢をとっている。表向き『自由』を標榜しながら、旧き領土観に基づく反『自由』性が、この両国にのみ集中して富をもたらしている。
だが、建前である『自由』の元に、完全ではないにしろ実際に行われている自由貿易によって、極貧層は38年で44%から18%へと減少している。
そして、ここが肝心なのだが、自由を建前とした経済システムにおける真の勝者は、「国家とその首長」ではなく「個人」である。ブッシュ氏は幾つかのステップを通さねば世界に影響を与えられないが、ビル・ゲイツはより直接的により多くの個人に影響を与えられる。その影響力から考えれば現代の『価値』優先社会をより直接に確実に支配できうるのは圧倒的な『価値』を送り出した「個人」であると見ることができる。
もちろん、ビル・ゲイツが米国の旧き領土主義的な国家権力の援護を受けているのも確かだ。
しかし、こういった「個」への援護を行っているのは欧州や日本も同様で、それらの国家は Windows の対抗馬であるオープンソースを援護することで、米+Win支配に対抗しようとしている。
これらの旧き領土主義的援護を受けて直接に育っていくのは、しかしながら国家ではなく、先述したように『経済システム』であり多数多様の『価値』を送り出すより『個人』に近いものたちである。すなわち領土主義的国家は、知らぬうちに自身よりも強力な「支配者」を産み出す後押しをしていることになる。最終的に多数多様な『価値』は固定的な領土主義を破壊するほどの力を持ちうるのである。
これに気づいた領土主義的国家−特に現状で最大の力を誇る米国はどう行動するだろうか。
あくまでこれらを援護することで自国の利益を増やしていくか、国家を超えた多様な『価値』の力を認めずあくまで領土主義の内部に封じ込めようとするか。
それによって多様な『価値』に基づく『経済システム』の動向は左右されるだろう。
前者をとれば栄え、後者を取れば没落する。
すなわち米国の現在の動向を忠実に進めていけば、最終的に勝利するのはシステムとシステムで主要な役割を果たせる価値を送り出す個人ないし集団である、と言えるわけだ。
・・・自分の考えを正確に記述しようとするのは楽しいけれど難しい。誤差がある気がします。
それにしても昨今の戦争が領土拡張戦争ではなく、経済拡張戦争である、とは普段感じていたことですが、自由貿易を基本とする経済『システム』における主動的な地位を求めた物だという一歩を踏み出せば、こう論理を進められるのですね。
米国が建前上『自由』『グローバリズム』などと表明して戦争を行った結果、領土保全拡張の意図によって思想独裁を行っていた国家を打倒すれば、一見、米国の領土が拡張され帝国主義に向けて一歩進んだ、と見え世界に多くの反対者を増産する。
しかし、米国が実際に望んでいるのは物理的な『領土拡張』ではなく、閉鎖的な国を開くことでより富を増すだろう『経済システムの支配』である。
現代社会における「価値」基準は、土地が基本となる素の農耕生産物や天然資源そのものよりも、それら「素の資源」に「サービス」や「付加価値」を加えた多種多様の「商品」を圧倒的に高く評価する(補足:日本の加工貿易を考えれば明白である)、中には「素の資源」をほとんど必要としてないと算定されるほどの「商品」すらある。ソフトウェアなどその最たるものだろう。
米国はそれら「商品」の利を獲るために『自由』建前に『経済システム』を支配しようとする。現代的な『経済システム』が、一応、『自由』貿易を基本に形成されていることを考えれば、当然の選択とも言える。
だが、この建前であり必要でもある『自由』は逆にアメリカに牙を剥く。
現在、経済力において世界で一、二を争う米国と日本は、『自由化』という建前とは異なり、旧い領土的な思想に基づく強硬な保護貿易を推進したり、極端に閉鎖的な経済態勢をとっている。表向き『自由』を標榜しながら、旧き領土観に基づく反『自由』性が、この両国にのみ集中して富をもたらしている。
だが、建前である『自由』の元に、完全ではないにしろ実際に行われている自由貿易によって、極貧層は38年で44%から18%へと減少している。
そして、ここが肝心なのだが、自由を建前とした経済システムにおける真の勝者は、「国家とその首長」ではなく「個人」である。ブッシュ氏は幾つかのステップを通さねば世界に影響を与えられないが、ビル・ゲイツはより直接的により多くの個人に影響を与えられる。その影響力から考えれば現代の『価値』優先社会をより直接に確実に支配できうるのは圧倒的な『価値』を送り出した「個人」であると見ることができる。
もちろん、ビル・ゲイツが米国の旧き領土主義的な国家権力の援護を受けているのも確かだ。
しかし、こういった「個」への援護を行っているのは欧州や日本も同様で、それらの国家は Windows の対抗馬であるオープンソースを援護することで、米+Win支配に対抗しようとしている。
これらの旧き領土主義的援護を受けて直接に育っていくのは、しかしながら国家ではなく、先述したように『経済システム』であり多数多様の『価値』を送り出すより『個人』に近いものたちである。すなわち領土主義的国家は、知らぬうちに自身よりも強力な「支配者」を産み出す後押しをしていることになる。最終的に多数多様な『価値』は固定的な領土主義を破壊するほどの力を持ちうるのである。
これに気づいた領土主義的国家−特に現状で最大の力を誇る米国はどう行動するだろうか。
あくまでこれらを援護することで自国の利益を増やしていくか、国家を超えた多様な『価値』の力を認めずあくまで領土主義の内部に封じ込めようとするか。
それによって多様な『価値』に基づく『経済システム』の動向は左右されるだろう。
前者をとれば栄え、後者を取れば没落する。
すなわち米国の現在の動向を忠実に進めていけば、最終的に勝利するのはシステムとシステムで主要な役割を果たせる価値を送り出す個人ないし集団である、と言えるわけだ。
・・・自分の考えを正確に記述しようとするのは楽しいけれど難しい。誤差がある気がします。
これは メッセージ 24142 (iraq_monndai さん)への返信です.
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