三者三様 (1)
投稿者: battamother 投稿日時: 2008/12/29 16:54 投稿番号: [115719 / 118550]
次は、緊急出版された渡部昇一&田母神両氏の対談本『日本は「侵略国家」ではない!』より、以下田母神氏のコメントを要約した。
【戦後長い間、この事件(張作霖爆殺事件)を起こしたのは中国に駐留していた関東軍の陰謀とされていた。しかし、禁煙、ソ連諜報機関の史料などが発掘され、日本軍の陰謀説に疑問が生じている。
中西輝政氏によれば、21世紀に入ってロシアでは「張作霖爆殺事件」は、ソ連軍諜報部の仕業であるという研究や報道が何度も出ているそうだ。
更に、中西氏は、近年出てきてイギリスの情報部史料によれば、事件当時イギリスの陸軍情報部極東課が調査し、ソ連の仕業ではないかという報告をしていたことが明らかになったとも書かれている。
そして、イギリスは、このとき日本政府が、関東軍の仕業と思い込んで混乱していることを知り、さらに四ヶ月間にわたって調査したと言う。その結果、同年10月、やはりソ連が事件の当事者であるという結論に達し、その報告がなされたのだ。
中西氏は、これらの新資料から、関東軍の仕業であるという結論に疑問を呈している。私が今回の論文を発表するに当たって参考にした書物も、こうした新たな史料を検討されたうえで書かれていることは明白である。
『マオ・チアン 講談社』、『黄文雄の大東亜戦争肯定論』、『日本よ、「歴史力」を磨け』(櫻井よしこ著)などなど、いずれも、コミンテルンの仕業であるという説が披露されている。
このように、新資料が開示されているにも関わらず、いまだに張作霖事件日本軍陰謀説が流布し続けているのはなぜなのか。これもまた、私には理解しがたいことなのだ。
中西氏の言うとおり、新たな史料はようやく出てき始めたところだ。人間でも国家でも、自分に都合の悪いものは隠そうとするものだ。これから、まだまだ新たな史料が出てくるかも知れない。一概に、(関東軍爆殺説を)史実であると断定するのは非常に危険だ。】
※中西輝政氏が第一級史料と称するイギリスの情報部史料なるものの内容が、残念ながらここで提示されていないのは若干説得力に欠ける。
恐らく田母神氏は直感の人なのであろう。であればこそ、その主張が論理性を帯びておらず、時に飛躍した極論に走っている印象を与える。それが、彼の主張の説得性を薄めているのではないかとも思えるのだが、時に直感はいかなる論理的主張よりも真実を洞察していることがあるのも事実だ。
田母神氏の発言を帰納法的命題として、これを裏付ける諸々の証拠資料等が今後数多く出て来て、やがて彼の主張が正しかったのだという結論を得る日が来ないとも限らない。
ただ、現在浮上している情報だけでは、やはりまだ彼の主張が正しいということを断定するには証拠不十分だと言わざるを得ないだろう。(※部分 by batta)
以下は、同書にある渡部昇一氏の弁。
【東京裁判でも河本説を確定しきれず、「全て伝聞である」とし、これはパル判事も指摘している。
また、当時、反日的な組織だった国際連盟から派遣された調査団の行った「リットン報告書」でも、この事件は「神秘的な事件」と報告され、真実は明らかにされなかった。反日的な組織でさえ、日本が起こした事件と断定できなかったことを思えば、とても史実とは言えないはずだ。
更に言えば、河本大作の手記とされるものが月刊誌に掲載されたことがあるが、そのときすでに河本氏は亡くなっている。これも、左翼がかった親類が捏造したものと言われている。
もう一つ言えば、河本氏は東京裁判に出て来られなかった。
もし、河本氏が、やったのは自分だと告白するのであれば、当時、かもとを押さえていた中国共産党は、彼の出廷を推し進めたはずだ。
にもかかわらず、秦氏は何を根拠に史実と断定するのだろう。】
【戦後長い間、この事件(張作霖爆殺事件)を起こしたのは中国に駐留していた関東軍の陰謀とされていた。しかし、禁煙、ソ連諜報機関の史料などが発掘され、日本軍の陰謀説に疑問が生じている。
中西輝政氏によれば、21世紀に入ってロシアでは「張作霖爆殺事件」は、ソ連軍諜報部の仕業であるという研究や報道が何度も出ているそうだ。
更に、中西氏は、近年出てきてイギリスの情報部史料によれば、事件当時イギリスの陸軍情報部極東課が調査し、ソ連の仕業ではないかという報告をしていたことが明らかになったとも書かれている。
そして、イギリスは、このとき日本政府が、関東軍の仕業と思い込んで混乱していることを知り、さらに四ヶ月間にわたって調査したと言う。その結果、同年10月、やはりソ連が事件の当事者であるという結論に達し、その報告がなされたのだ。
中西氏は、これらの新資料から、関東軍の仕業であるという結論に疑問を呈している。私が今回の論文を発表するに当たって参考にした書物も、こうした新たな史料を検討されたうえで書かれていることは明白である。
『マオ・チアン 講談社』、『黄文雄の大東亜戦争肯定論』、『日本よ、「歴史力」を磨け』(櫻井よしこ著)などなど、いずれも、コミンテルンの仕業であるという説が披露されている。
このように、新資料が開示されているにも関わらず、いまだに張作霖事件日本軍陰謀説が流布し続けているのはなぜなのか。これもまた、私には理解しがたいことなのだ。
中西氏の言うとおり、新たな史料はようやく出てき始めたところだ。人間でも国家でも、自分に都合の悪いものは隠そうとするものだ。これから、まだまだ新たな史料が出てくるかも知れない。一概に、(関東軍爆殺説を)史実であると断定するのは非常に危険だ。】
※中西輝政氏が第一級史料と称するイギリスの情報部史料なるものの内容が、残念ながらここで提示されていないのは若干説得力に欠ける。
恐らく田母神氏は直感の人なのであろう。であればこそ、その主張が論理性を帯びておらず、時に飛躍した極論に走っている印象を与える。それが、彼の主張の説得性を薄めているのではないかとも思えるのだが、時に直感はいかなる論理的主張よりも真実を洞察していることがあるのも事実だ。
田母神氏の発言を帰納法的命題として、これを裏付ける諸々の証拠資料等が今後数多く出て来て、やがて彼の主張が正しかったのだという結論を得る日が来ないとも限らない。
ただ、現在浮上している情報だけでは、やはりまだ彼の主張が正しいということを断定するには証拠不十分だと言わざるを得ないだろう。(※部分 by batta)
以下は、同書にある渡部昇一氏の弁。
【東京裁判でも河本説を確定しきれず、「全て伝聞である」とし、これはパル判事も指摘している。
また、当時、反日的な組織だった国際連盟から派遣された調査団の行った「リットン報告書」でも、この事件は「神秘的な事件」と報告され、真実は明らかにされなかった。反日的な組織でさえ、日本が起こした事件と断定できなかったことを思えば、とても史実とは言えないはずだ。
更に言えば、河本大作の手記とされるものが月刊誌に掲載されたことがあるが、そのときすでに河本氏は亡くなっている。これも、左翼がかった親類が捏造したものと言われている。
もう一つ言えば、河本氏は東京裁判に出て来られなかった。
もし、河本氏が、やったのは自分だと告白するのであれば、当時、かもとを押さえていた中国共産党は、彼の出廷を推し進めたはずだ。
にもかかわらず、秦氏は何を根拠に史実と断定するのだろう。】
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