ガザ情勢とイラク情勢
投稿者: imonoyama3 投稿日時: 2008/06/28 21:29 投稿番号: [112895 / 118550]
<私の最大の基準>は、<一般市民の苦しみが軽減すること>です。
それはパレスチナでもイラクでも、どこでも変わりません。
例えば苦しむガザ150万人にとって、今回の停戦でやっと一条の光明が差した
と思ったら、またしても、逆戻りか、ということです。
2007年の停戦後もイスラエルが西岸で軍事行動をとり、
ガザから報復としてロケットを発射する。
完全なデジャブです。全く同じことを毎回繰り返している。
そして結果として一般市民の苦しみは増す。
私は歯がゆいのです。
「何やってんだよ!」と。
だからイスラエル軍が「先に」手を出したかどうか、
それが報道されているかどうかということは、
ガザ150万人の苦しみにとっては、どうでもいいことです。
「米英メディア」が『穏健派』という修飾語をつけるファタハ傘下のカッサム
旅団がロケットを発射したことなどは、完全に党派的利害です。
ガザのハマスを窮地に追い込むのが目的であり、
その為にガザ150万住民が苦しもうと構わないということです。
ハマスもまたガザを実効支配する為には同胞を多数殺傷したけれども、
停戦を維持し、ガザ150万住民の苦しむを低減する為には、
強権を発動しはしない。自らのガザ支配が揺るがないことの方が、
ガザ150万住民の苦しみが減るかどうかよりも大切なのです。
もちろんイスラエルは老獪ですが、
党利党略第一のパレスチナ諸組織の馬鹿さ加減もまた許し難いのです。
ガザ住民いや、全パレスチナ人の苦しみが消えない、
その最深の根拠、パレスチナ側の主体的根拠こそが私には問題です。
そして、それはイラクでも同様です。
私にとってはイラクの一般市民の苦しみが減ることが基準ですから、
その為に米軍の存在が有用なら、それは肯定的要素なのです。
例えば、2006年から2007年にかけて、バグダッドで凄惨なエスニック
クレンジングが進行していた折、バグダッドのスンニ派一般市民にとって、
シーア派暗殺部隊よりも、正規の米軍の方が『まし』であることは明らかでした。
「憎き米軍」ではあるけれども、そういうある特定の具体的状況に於いては、
その持つ意味が変わるのだと。
現にバグダッドのスンニ派に限っては、アンケートによると、
米軍撤退要求は減ったのであり、
特に「即時撤退要求」は明らかに減ったのです。
外国軍に長く駐留していて欲しいなどという人が多数派でないことは明らかです。
アンケートでは、7、8割が外国軍駐留に反対しています。
しかし、では、「即時撤退要求」と質問を変えると、
途端に半数に減ります。
「即時撤退」を巡っては、国民の意見は半々に分かれているのです。
もう一つだけ例を挙げれば、
「覚醒評議会」についてです。
「米軍の傀儡」と呼ぶ人達もいます。
私にとっては、「米軍の傀儡」かどうかという名称などどうでもいいのです。
その地域のスンニ派住民が、覚醒評議会に賛同し、感謝しているのなら、
もしも、本当にそうなら、私はその地域の覚醒評議会を肯定的なものと
みなします。
バグダッドのアザミーヤでは、概ね肯定的なものとされているようです。
シーア派地区に周囲を囲まれ、孤立し、灯の消えたようになっていたアザミーヤ
がまるで生き返ったように活気を取り戻したように私には思えます。
もし本当にそうであるなら、アザミーヤの住民の大多数に支持されているのなら
アザミーヤの覚醒評議会は、私にとっては肯定的なものです。
覚醒評議会といっても、各地に数多くあるので、
一概には言えないのかもしれません。問題のあるものもあるようです。
いや、その地域での、今度はスンニ派内部での利害対立なのでしょう。
ある特定の勢力には有用で、ある別の勢力にはそうではないと。
私にとって、イラク情勢は全くの混沌で、訳分からないことだらけですが、
私にとって、唯一はっきりしているのは、その基準です。
つまり、「一般市民の苦しみを軽減するのかどうか」です。
そういう意味では、レジスタンスなのか、テロリストなのか、傀儡なのか、
そういう名称自体は余り意味を持ちません。
それはパレスチナでもイラクでも、どこでも変わりません。
例えば苦しむガザ150万人にとって、今回の停戦でやっと一条の光明が差した
と思ったら、またしても、逆戻りか、ということです。
2007年の停戦後もイスラエルが西岸で軍事行動をとり、
ガザから報復としてロケットを発射する。
完全なデジャブです。全く同じことを毎回繰り返している。
そして結果として一般市民の苦しみは増す。
私は歯がゆいのです。
「何やってんだよ!」と。
だからイスラエル軍が「先に」手を出したかどうか、
それが報道されているかどうかということは、
ガザ150万人の苦しみにとっては、どうでもいいことです。
「米英メディア」が『穏健派』という修飾語をつけるファタハ傘下のカッサム
旅団がロケットを発射したことなどは、完全に党派的利害です。
ガザのハマスを窮地に追い込むのが目的であり、
その為にガザ150万住民が苦しもうと構わないということです。
ハマスもまたガザを実効支配する為には同胞を多数殺傷したけれども、
停戦を維持し、ガザ150万住民の苦しむを低減する為には、
強権を発動しはしない。自らのガザ支配が揺るがないことの方が、
ガザ150万住民の苦しみが減るかどうかよりも大切なのです。
もちろんイスラエルは老獪ですが、
党利党略第一のパレスチナ諸組織の馬鹿さ加減もまた許し難いのです。
ガザ住民いや、全パレスチナ人の苦しみが消えない、
その最深の根拠、パレスチナ側の主体的根拠こそが私には問題です。
そして、それはイラクでも同様です。
私にとってはイラクの一般市民の苦しみが減ることが基準ですから、
その為に米軍の存在が有用なら、それは肯定的要素なのです。
例えば、2006年から2007年にかけて、バグダッドで凄惨なエスニック
クレンジングが進行していた折、バグダッドのスンニ派一般市民にとって、
シーア派暗殺部隊よりも、正規の米軍の方が『まし』であることは明らかでした。
「憎き米軍」ではあるけれども、そういうある特定の具体的状況に於いては、
その持つ意味が変わるのだと。
現にバグダッドのスンニ派に限っては、アンケートによると、
米軍撤退要求は減ったのであり、
特に「即時撤退要求」は明らかに減ったのです。
外国軍に長く駐留していて欲しいなどという人が多数派でないことは明らかです。
アンケートでは、7、8割が外国軍駐留に反対しています。
しかし、では、「即時撤退要求」と質問を変えると、
途端に半数に減ります。
「即時撤退」を巡っては、国民の意見は半々に分かれているのです。
もう一つだけ例を挙げれば、
「覚醒評議会」についてです。
「米軍の傀儡」と呼ぶ人達もいます。
私にとっては、「米軍の傀儡」かどうかという名称などどうでもいいのです。
その地域のスンニ派住民が、覚醒評議会に賛同し、感謝しているのなら、
もしも、本当にそうなら、私はその地域の覚醒評議会を肯定的なものと
みなします。
バグダッドのアザミーヤでは、概ね肯定的なものとされているようです。
シーア派地区に周囲を囲まれ、孤立し、灯の消えたようになっていたアザミーヤ
がまるで生き返ったように活気を取り戻したように私には思えます。
もし本当にそうであるなら、アザミーヤの住民の大多数に支持されているのなら
アザミーヤの覚醒評議会は、私にとっては肯定的なものです。
覚醒評議会といっても、各地に数多くあるので、
一概には言えないのかもしれません。問題のあるものもあるようです。
いや、その地域での、今度はスンニ派内部での利害対立なのでしょう。
ある特定の勢力には有用で、ある別の勢力にはそうではないと。
私にとって、イラク情勢は全くの混沌で、訳分からないことだらけですが、
私にとって、唯一はっきりしているのは、その基準です。
つまり、「一般市民の苦しみを軽減するのかどうか」です。
そういう意味では、レジスタンスなのか、テロリストなのか、傀儡なのか、
そういう名称自体は余り意味を持ちません。
これは メッセージ 112887 (imonoyama3 さん)への返信です.
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