Re: >MUちゃん 瀬戸内寂聴・宮崎勤
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/25 00:28 投稿番号: [112872 / 118550]
>>(3)
>>更に、被害者の首に紐を2重に巻き、力一杯引っ張ったというが、
>>「索溝の表皮剥脱は弱い」ので、そのような強い外力が作用したとは思えない。
>「索溝の表皮剥脱は弱い」との記述から、
「被害者の首に紐を2重に巻き」にとわかる痕跡が残っていたと考えられる。
二重に巻いたのか?
>>(4)
>>とくに、被害者は11ヶ月の幼児であるから、
>>紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし、
>>絞殺時に紐を蝶々結びにするという行為に強い殺意は感じられない。
>「紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし」とあることから、
絞殺により死に至ったであろうと推測していることを意味する。
?
そうですか??
赤ちゃんって、最近では【高い高い】しても、脳に何らかの悪影響があるといわれていたと思うけど。
それほどデリケートだから、まあ、こんな知識は少年には無いと思うけど。
>>以上から、被害者を死に至らしめるに十分な力で首を紐で絞めていることを意味する。
>>十分な力で絞めることにより死に至るのであるから、そもそも、結ぶ必要がない。
死に至るまで絞めた後、ちょうちょ結びしたと考えるのが妥当である。
そんな強い跡は残っていない。
>また、ちょうちょ結びは紐の端を引くことによって容易にほどくことができる結び方ではあるが、
巻いている部分の紐を引く場合は本結びしている場合と何ら変わらない。
殺意があったら、ちょうちょ結びなどしないでしょ。
ちょうちょにしてあげれば、赤ちゃんが喜ぶとでも思ったかもしれない。
★続く極刑「殺人の連鎖」
「事件の背景 解明が先」 瀬戸内寂聴さん
中日新聞2008/06/24
幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤元死刑囚(45)ら3人の死刑が17日、執行され、鳩山邦夫法相下での死刑執行は13人となった。
比叡山延暦寺「禅光坊」住職で、作家の瀬戸内寂聴さん(86)は、
「死刑の判決と執行が続く現状を「殺人の連鎖」として憂い、
事件を死刑で終結させず、背景を考えようという。(岩岡千景) ・・
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/setouchi.htm
★宮崎被告 家族の悲劇 被害者の陰、地獄の日々
父親自殺 改姓 離散・・・
中日新聞 2006,1,18,夕刊
埼玉、東京で四人の幼女が殺害された「連続幼女誘拐殺人事件」は、発生から17年を経て宮崎
勤被告(43)の死刑が確定することになった。事件が明るみに出た1989年7月、百人を超える報
道陣が東京都五日市町(現・あきる野市)の宮崎被告の自宅に押し寄せた。その一ヶ月ほど後、
本紙との単独インタビューに応じた父親の憔悴しきった姿が、脳裏に焼きついて離れない。
「こんなことになって」と父親は泣き崩れた。「こんなに苦しむのなら、死んだ方がどんなに楽か」。
目の前に正座して天井の一点をうつろな目で見つめ、苦しみもだえるように声を絞り出した。顔は
真っ青で私たちとは一度も目を合わせることもなかった。「地獄のような苦しみ」という言葉が浮か
んだ。
「勤は幼い時、手が不自由なのを気にしていた。一時は手術させようと思ったが、手術がうまく
いかない場合のことを考えてやめた。勤はその後、うまくいかないことのすべてを、手のせいにし
ていた」
正座したまま途切れ途切れに息子の生い立ち、被害者への謝罪の気持を話した。父親の証言
は、事件の背景を明らかにしていく上で大きな意味を持った。(中略)
被害者、遺族の悲劇はいうに及ばないが、事件で宮崎家の家族や親類の多くも婚約の破談、
離婚、退職に追い込まれた。改姓した親族もいた。逃げるように住み慣れた町を後にした人も
いた。
父親は、被害者への賠償金を支払うため先祖代々の土地を売り払い、5年後の94年11月、青梅
市内の多摩川にかかる橋の上から飛び降り、自殺した。(中略)
最高裁判決のあった17日、被告の自宅のあった場所に立った。事件から約1年後、家は取り壊
され当時の面影はない。
「どんな子どもでも、私の子どもなんです」。
17年前に、被告の父親が心から絞り出すように口にした言葉が、風の中から聞こえてくるような
気がした。(元東京社会部記者・坂本丁次)
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/unknown7miyazaki.htm
>>更に、被害者の首に紐を2重に巻き、力一杯引っ張ったというが、
>>「索溝の表皮剥脱は弱い」ので、そのような強い外力が作用したとは思えない。
>「索溝の表皮剥脱は弱い」との記述から、
「被害者の首に紐を2重に巻き」にとわかる痕跡が残っていたと考えられる。
二重に巻いたのか?
>>(4)
>>とくに、被害者は11ヶ月の幼児であるから、
>>紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし、
>>絞殺時に紐を蝶々結びにするという行為に強い殺意は感じられない。
>「紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし」とあることから、
絞殺により死に至ったであろうと推測していることを意味する。
?
そうですか??
赤ちゃんって、最近では【高い高い】しても、脳に何らかの悪影響があるといわれていたと思うけど。
それほどデリケートだから、まあ、こんな知識は少年には無いと思うけど。
>>以上から、被害者を死に至らしめるに十分な力で首を紐で絞めていることを意味する。
>>十分な力で絞めることにより死に至るのであるから、そもそも、結ぶ必要がない。
死に至るまで絞めた後、ちょうちょ結びしたと考えるのが妥当である。
そんな強い跡は残っていない。
>また、ちょうちょ結びは紐の端を引くことによって容易にほどくことができる結び方ではあるが、
巻いている部分の紐を引く場合は本結びしている場合と何ら変わらない。
殺意があったら、ちょうちょ結びなどしないでしょ。
ちょうちょにしてあげれば、赤ちゃんが喜ぶとでも思ったかもしれない。
★続く極刑「殺人の連鎖」
「事件の背景 解明が先」 瀬戸内寂聴さん
中日新聞2008/06/24
幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤元死刑囚(45)ら3人の死刑が17日、執行され、鳩山邦夫法相下での死刑執行は13人となった。
比叡山延暦寺「禅光坊」住職で、作家の瀬戸内寂聴さん(86)は、
「死刑の判決と執行が続く現状を「殺人の連鎖」として憂い、
事件を死刑で終結させず、背景を考えようという。(岩岡千景) ・・
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/setouchi.htm
★宮崎被告 家族の悲劇 被害者の陰、地獄の日々
父親自殺 改姓 離散・・・
中日新聞 2006,1,18,夕刊
埼玉、東京で四人の幼女が殺害された「連続幼女誘拐殺人事件」は、発生から17年を経て宮崎
勤被告(43)の死刑が確定することになった。事件が明るみに出た1989年7月、百人を超える報
道陣が東京都五日市町(現・あきる野市)の宮崎被告の自宅に押し寄せた。その一ヶ月ほど後、
本紙との単独インタビューに応じた父親の憔悴しきった姿が、脳裏に焼きついて離れない。
「こんなことになって」と父親は泣き崩れた。「こんなに苦しむのなら、死んだ方がどんなに楽か」。
目の前に正座して天井の一点をうつろな目で見つめ、苦しみもだえるように声を絞り出した。顔は
真っ青で私たちとは一度も目を合わせることもなかった。「地獄のような苦しみ」という言葉が浮か
んだ。
「勤は幼い時、手が不自由なのを気にしていた。一時は手術させようと思ったが、手術がうまく
いかない場合のことを考えてやめた。勤はその後、うまくいかないことのすべてを、手のせいにし
ていた」
正座したまま途切れ途切れに息子の生い立ち、被害者への謝罪の気持を話した。父親の証言
は、事件の背景を明らかにしていく上で大きな意味を持った。(中略)
被害者、遺族の悲劇はいうに及ばないが、事件で宮崎家の家族や親類の多くも婚約の破談、
離婚、退職に追い込まれた。改姓した親族もいた。逃げるように住み慣れた町を後にした人も
いた。
父親は、被害者への賠償金を支払うため先祖代々の土地を売り払い、5年後の94年11月、青梅
市内の多摩川にかかる橋の上から飛び降り、自殺した。(中略)
最高裁判決のあった17日、被告の自宅のあった場所に立った。事件から約1年後、家は取り壊
され当時の面影はない。
「どんな子どもでも、私の子どもなんです」。
17年前に、被告の父親が心から絞り出すように口にした言葉が、風の中から聞こえてくるような
気がした。(元東京社会部記者・坂本丁次)
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/unknown7miyazaki.htm
これは メッセージ 112866 (t_ohtaguro_2 さん)への返信です.
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