結局、人任せですかぁ〜♪ww
投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/05/13 23:31 投稿番号: [112114 / 118550]
応報論から予防・教育(更生)は導き出されるが、
予防・教育からは応報は導き出すことはできない。
予防論を否定するのは容易である。
予防効果が期待出来ない者が存在する。
刑罰を定めただけでは予防効果がなかったから罪を犯し初犯となる。
処罰されただけでは予防効果がなかったから再び罪を犯し再犯となる。
初犯・再犯の存在が予防論は否定される。
教育刑論を否定するのも容易である。
予防効果が期待出来ない者が存在する。
処罰されただけでは教育効果がなかったから再び罪を犯し再犯となる。
予防論と教育論が本質であるなどと鵜呑みにしている時点で君は無能なのである。
応報は、予防効果を含み、且つ、教育効果を含むが、
どちらの効果も望めない場合、秩序維持の為に物理的に排除することができる。
>応報論への批判は、
>犯罪に対して正義としての応報行為が行われるのなら、
>本来当為であるべき正義が、悪行と言う事に相当してしまう関係が出来る事。
ww。
正義は、「公平」にある。
「死に至らしめる行為」は罪ではない。
「他者の生命を尊重する行為」と「他者の生命を尊重しない行為」との不公平が罪なのである。
「違法性の阻却」を理解していない愚か者による間違った解釈ですな。
>また、害悪を与える主体を国家たらしめ、
>無関係な執行者に害悪の執行を強いるという非人道性など、数々考えられる。
ww
悪い報いは、自らの悪業を原因として自ら得た自業自得。
また、「公正」の観点から、公平の判断は利害関係のない第三者が行うべきであるが、
上記判断に基づいて執行する限りに於いて、執行者が当事者であることは公正さに影響はない。
>たとえ死刑廃止論者と言えども、
>多くの場合、刑罰の本質を違える事は無く、
>もし本質から踏み外していると言うのなら、死刑を廃止した多くの国は、刑法の本質から隔絶している事になる。
ww
何が根幹で、何が枝葉であるか把握していない連中が、感情的に死刑廃止を主張しているにすぎない。
枝葉のみしか認識し得ない国家が死刑を廃止するのは自由であるが、
根幹まで認識している国家が死刑を存続することにまで干渉する権利はない。
これは メッセージ 112113 (messi19 さん)への返信です.
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