メッシさんへ その1
投稿者: bouzumarumouke7 投稿日時: 2008/05/06 15:42 投稿番号: [111983 / 118550]
>またここにも疑問に答えず、質問ばかり続ける人がいますね…まあ、それも良いでしょう。
先に質問したのは私です。貴方は応えない内に私に持論を述べよと申し出たのですから私の設問は妥当です。
>自分とは違う意見に耳を傾け、改めるべきは改める意義があり、改めざるモノは更に意を強くする…まあ、相手がどちらに足場を置くかなど、実に小さな事では無いでしょうか。
耳を傾ける、改めるべきは改めるのは議論に際しては当然の事です。そんな事を申しているのではありません。死刑問題に限らずですが法が絡む場合、
情緒的な事「だけ」で反論しても不毛になるだけだと申しているのです。
廃止派は「命」に関わる事だから情緒的だろうと何だろうと絶対に譲れないというのが主流、存続派は基本的に罪刑法定主義を盾に正当性を訴えるのが主流です。どちらも言い分としては間違っていないのですよ。但し廃止派は
一般的道徳概念上、存続派は法治主義上ですが。別の言い方をすれば廃止派は法治主義の観点から言えば、説得力に大きく欠けますし、存続派は一般的道徳概念は無視しがちです。存続派も廃止派を肯定する所から初めて貰えれば楽なのですが必ずしも彼等は肯定から入る必要はありません。廃止派は
肯定から入るべきなのです。廃止に持ち込む為には彼等の土俵に必ず上がる
必要があるからです。(革命でも起そうってんでしたら話は別ですが)まずは肯定から入るべきだと申しているのはそうした理由からです。
>人の数ほど正義が有ると言っても、絶対に譲れない事は、無抵抗な人間は絶対に殺してはならないと言うことです。
でしたら人の数程などと仰るのは止めてください。人の数程の中には譲れる人も間違いなくいる訳ですから。存続派が情緒的に反論すると仮定すれば
無抵抗な人間を先に殺害したのだから当然の事でしょ?となりますね。いわゆる応報感情というやつです。(応報なんて聞こえはいいけど要するに報復です)
これは メッセージ 111981 (messi19 さん)への返信です.
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