対イラク武力行使

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 途中で撤退する危険

投稿者: bonno_216 投稿日時: 2007/08/31 17:13 投稿番号: [109491 / 118550]
  開戦の「危険」すら計算できない者が、途中撤退の「危険」をどうやって計算できるというんでしょうね。

  まるで、買った株が値下がりを続けても「もうすぐ上がるはず」と盲信して手放せない素人投資家みたい。そりゃ今、手放せば「損」確定ですけどね、持っていれば必ず上がるっていう保障は、どこにもないんですよ。

  閑話休題。

  カンボジアの混乱は1970年のロン・ノル将軍クーデター(シアヌーク追放)が始まりです。このクーデターはベトナム戦況を好転させるため、米国が策謀しました。クーデター前は中立を維持していたカンボジアも、それ以降ベトナム戦争に於ける米軍の兵站となったのです。

  米軍は兵站たるカンボジアを維持すべく、反ロン・ノル勢力の拠点を大規模空爆しました。フィンランド政府の調査によれば、69〜73年に行われたこの攻撃で60万人が死に、200万人の難民が出たとされています。

  キリング・フィールドと称される「虐殺の10年」は、ここからスタートしています。多くの人が勘違いしていますが、クメール・ルージュ(ポル・ポト)政権成立の1975年が始まりではないのです。

  75年〜78年「ポルポトの大虐殺(100万〜150万人が死亡)」については、多くのメディアが「ポル・ポトの異常人格」を唯一の原因としていますが、実際にはそれ以前、米軍による国土の大規模破壊がカンボジア人の命の綱をズタズタにしていたことも、被害の一因と看做されるのです。

  シアヌークを追放したロン・ノル(背後に米国)、ロン・ノルを追放したポル・ポト(背後に中国)、ポル・ポトを追放したフン・セン(背後にベトナム&ソ連)、フン・セン政権と内戦を戦った反乱軍(背後に中国、米国)…カンボジアの混乱は、このように周辺国や大国の思惑に振り回された結果であり、米軍のベトナム撤退は「遠因」ともいいがたいほど影響していません。

  ちなみに、サイゴン陥落から間もなく成立したポル・ポト政権の一年目は、新生ベトナム政府と良好な関係を保っていました。両国が対立した主な原因は、主に領土問題であり、強いて言えばもうひとつ、ポル・ポトの圧政による在カンボジア、ベトナム人への弾圧でした。

  ポル・ポト追放後、79年以降もカンボジアでは内戦が続き、多くの犠牲が出ていますが、これは中国と米国が、親ベトナムのヘン・サムリン政権を打倒すべく、ポル・ポトら反乱軍に莫大な援助を続けた結果です。

  貴女が持っている「ベトナム軍がカンボジア人を大虐殺した」という歴史認識の元は、この79年以降に米国がバラ撒いたプロパガンダでしょう。10年の前史を振り返れば、カンボジアの混乱が米軍のベトナム撤退によるものではないことが簡単に理解できるはずです。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)