敵対意図と敵対感情
投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2004/07/09 08:05 投稿番号: [882 / 1982]
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>カンボジアの虐殺は何のためだっただろう?
アフリカの各地で繰り返されている、虐殺に勝利者はいただろうか?
個人のありようとして、戦いを肯定することと、人的物的被害を最小限に抑えながら、戦いを遂行することとは、別物です。
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『敵対感情』を本能的な『憎しみ』と言う直情的な敵に対する感情とする時
『敵対意図』を敵対する理由、目的としたら。
敵対感情は無いけれど敵対意図がある例はいくらでもある。
例えば、ライバルを憎んでいないけど
ライバルの失敗は即、自分の利益に繋がると言う冷静な打算
だけど、敵対意図が無いのに敵対感情があると言う事は無い。
つまり、敵を憎むのは動機があるから憎む
敵対意図があるから敵対感情が生まれる。
チョットややこしいが
一応、コレが欧米の戦争論
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で・・・
アルカイダには激情的憎悪と言える敵対感情は見れるが・・・
敵対意図が見えない。つまり、なぜ敵対感情を抱くのか?
が判らない。
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>自分たちの生き方が最善であるにもかかわらず、それを妨げてくる悪しき(笑)誘惑がわれわれを堕落に導いている。
と、考えているのじゃないかな?
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この動機であれほどまでの敵対感情が生まれるのだろうか?
これは メッセージ 871 (tommy39dec3 さん)への返信です.
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