新世界秩序とは-3
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/06 10:26 投稿番号: [802 / 1982]
では、僕が現在居るASEAN諸国連合はどういう方向を目指しているのか?
というと、ASEAN先進国と言えども、国力的にも(民度的にも)EU型の構造や
地域連邦制にいきなり移行出来る要素を全く持っていないと言うのが
現実です。
(将来的には持ってはいるでしょうが、そうなる為の条件整備が完了するには
かなりな時間を要することは確かです)
そうした現実の条件からASEAN各国は、先ず相互貿易等での域内関税撤廃等
から経済関係における結びつきを強化して、お互いの国力
(財布の中身)を向上させる(豊かにする)分野を優先していると訳です。
すなわち、こうした動きが目指すものは
「ASEAN経済圏の全体としての独立性と協調性を保ちながらその中での
個々の主権国家の国力向上」
であって、国境を無くし、共通通貨制度にし、且連邦法等を制定し
各国が持つ不足部分を補おう、という段階の”一つも二つも前の段階”
だと言える訳です。
(現状のASEAN域内での国力格差のままで、統合体構想に踏み出せば、
ラオス、カンボジアは完全にASEAN先進国に吸収されてしまう可能性が
高いのも事実です)
ちょっと、此処で余談ですが
ASEAN各国が参加するこの地域振興策は、統治する側にしてみると
「諸刃の刃」的な要素を含んでいるんですね。
つまり、民度を上げる政策は確かに将来的に国民個々の収入改善を可能に
はするでしょうが、その結果、生活にゆとりを生み出すことになり、その
生み出されたゆとりの時間を国民が活用して教育や生涯学習といった
これ迄は起こり得なかった「情報収集」の可能性を広げることになり
これ迄は「権力に対する無意識の無視」だったものが「意図的な無視」
を発生させる可能性(統治者側からすると危険性ですね)を含んでいるのですが、
そうした振興策等を何もしないで、唯でさえ少ない国家財源を無作為に
消費するよりは、国民個々が自覚と責任を持って、自立自走出来るようになる
ことが結果として自国の国力向上に繋がると言う、非常に大胆な
判断が下されているのも事実です・・(ですから未だにインドネシアと
フィリピンはこの政策に積極的に参加出来ないでいるのですが)
こうして見ると、UN自体も、EU構造体も、超国家政治体制も、世界連邦構想も
第三世界側から見ると、かなり”贅沢な理念と行動”だと言う
感覚が僕の中にある訳です。
これと第三世界が「恒久的な世界平和」を望んでいない、と言うことは全く
違いまして、戦争や紛争状態よりは平和である方が良いに決まっている
訳です。
ただ、こうした第三世界の国力を無視した状態で、裕福で国力が既に有る
欧米先進国に「理念優先」を主張されても、それでは第三世界の国々は
即効で食べていけなくなることを本当に理解していてくれているののでしょうか?
構わないですよ、そうであっても、そうした欧米先進国がその理念通りに
食べて行けなくなった第三世界の国々を「最後迄面倒みてくれる」のあれば・・
(ちょっと意地悪な言い方ですね、苦笑)
更にもう一つ続きます(むむ〜)
というと、ASEAN先進国と言えども、国力的にも(民度的にも)EU型の構造や
地域連邦制にいきなり移行出来る要素を全く持っていないと言うのが
現実です。
(将来的には持ってはいるでしょうが、そうなる為の条件整備が完了するには
かなりな時間を要することは確かです)
そうした現実の条件からASEAN各国は、先ず相互貿易等での域内関税撤廃等
から経済関係における結びつきを強化して、お互いの国力
(財布の中身)を向上させる(豊かにする)分野を優先していると訳です。
すなわち、こうした動きが目指すものは
「ASEAN経済圏の全体としての独立性と協調性を保ちながらその中での
個々の主権国家の国力向上」
であって、国境を無くし、共通通貨制度にし、且連邦法等を制定し
各国が持つ不足部分を補おう、という段階の”一つも二つも前の段階”
だと言える訳です。
(現状のASEAN域内での国力格差のままで、統合体構想に踏み出せば、
ラオス、カンボジアは完全にASEAN先進国に吸収されてしまう可能性が
高いのも事実です)
ちょっと、此処で余談ですが
ASEAN各国が参加するこの地域振興策は、統治する側にしてみると
「諸刃の刃」的な要素を含んでいるんですね。
つまり、民度を上げる政策は確かに将来的に国民個々の収入改善を可能に
はするでしょうが、その結果、生活にゆとりを生み出すことになり、その
生み出されたゆとりの時間を国民が活用して教育や生涯学習といった
これ迄は起こり得なかった「情報収集」の可能性を広げることになり
これ迄は「権力に対する無意識の無視」だったものが「意図的な無視」
を発生させる可能性(統治者側からすると危険性ですね)を含んでいるのですが、
そうした振興策等を何もしないで、唯でさえ少ない国家財源を無作為に
消費するよりは、国民個々が自覚と責任を持って、自立自走出来るようになる
ことが結果として自国の国力向上に繋がると言う、非常に大胆な
判断が下されているのも事実です・・(ですから未だにインドネシアと
フィリピンはこの政策に積極的に参加出来ないでいるのですが)
こうして見ると、UN自体も、EU構造体も、超国家政治体制も、世界連邦構想も
第三世界側から見ると、かなり”贅沢な理念と行動”だと言う
感覚が僕の中にある訳です。
これと第三世界が「恒久的な世界平和」を望んでいない、と言うことは全く
違いまして、戦争や紛争状態よりは平和である方が良いに決まっている
訳です。
ただ、こうした第三世界の国力を無視した状態で、裕福で国力が既に有る
欧米先進国に「理念優先」を主張されても、それでは第三世界の国々は
即効で食べていけなくなることを本当に理解していてくれているののでしょうか?
構わないですよ、そうであっても、そうした欧米先進国がその理念通りに
食べて行けなくなった第三世界の国々を「最後迄面倒みてくれる」のあれば・・
(ちょっと意地悪な言い方ですね、苦笑)
更にもう一つ続きます(むむ〜)
これは メッセージ 801 (asean_peace11 さん)への返信です.
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