横の横:冷静と情熱の間
投稿者: katuragi1940 投稿日時: 2004/09/22 18:35 投稿番号: [1700 / 1982]
>突き詰めると”自分の流儀に合わないモノは許さない”
というテロリストの理屈と同じになってしまいませんかね?
人の思いとして怒り、悲しみ、こぶしを振り上げるのはかまわないのです。
正直な話、子供を殺された親が現行犯の犯人を撃ち殺しても法には囚われても多くの人たちが心情的には納得するでしょう。
冷静と情熱の間とはそこのことです。
ハムラビ法典の「目には目を・・・」
が最低限のルールです。
負債を払うのは原因者でなくてはならない。
他に責任を転嫁した時点で心情的な正当性を失うと思います。
企業のミスだろうと、行政の怠慢だろうと原因者が特定できてその原因者に矛先が向くならば、たとえ法を破っていても最低限の人間としての矜持は守られているのではないか。
法の報いは受けなければならないとしても心情的には多くの人が納得する。それが最低線です。
ここを踏み外したものたちは人間として認めなくても良いのではないかと思います。
低レベルの感情は感情として、その憎しみを向ける対象を限定できるかどうかで
判断すべきでしょう。
世間が悪い、社会が悪い、米国が悪い、先進国が悪いと原因を限りなく膨らませたて実行に移してしまったら・・・いかに納得できる心情が裏にあろうとも断罪すべきです。
これは メッセージ 1699 (asean_peace11 さん)への返信です.
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