精神面での指導者・・・-2
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/08/21 09:34 投稿番号: [1417 / 1982]
ですんで、僕は宗教指導者と言う人間を信用しないと言うのは彼らの役割は
コーランに書かれていることを一般大衆に分かりやすくコーランが指し示している
正しい道を説明することであってそれ以上でもそれ以外でもないと思うからなんです
(原理主義的な解釈だろうと僕は思っていますが)
シスタニ師は、真摯な宗教研究家として有名ですから、その彼が現在のイラクの状況に
巻き込まれたくないと考えてロンドンに行く最大の理由はですね、
現在、サドル君がやってるような方法は、原理主義的にみてもイスラム教が
最も駄目だとする”偶像崇拝”になっている・・・
教義や戒律を厳密に守りたいスンニ派からすると、ホメイニ的な手法自体が
邪道ですからね、ましてや彼の写った写真を民衆が掲げて気勢を上げる・・・って
のは正しく、イラン革命を彷彿とさせるモノがある・・・
(ですから、イランがサドル君を支援していると言う与太がスンニ派側から出てる
ことにもなるんですが・・)
こうした民衆の気勢や関心が、もしも自分に向いてしまったらですよ
イスラム原理主義テロ組織に最も狙われる確率が高くなってしまうのはシスタニ師自身
になってしまい兼ねない。
(まぁ、サドル君が武装解除を嫌がるのは、武装解除したら米軍にじゃなくて
イスラム原理主義者やテロ組織に襲われる可能性を怖がってるのが本当じゃないですか?
そんなことは、暫定政権側は百も二百も分かっているから、国民大会議に復帰
しなさい、と言う提案をしているのも、師でなく政治家であれば、原理主義勢力から
狙われる危険性が低くなるからでしょう)
宗教指導者=自ら研究したコーランの内容を説明する役でしかない人間が
民衆を具体的に明日に導く役割を担う指導者になってしまっては話がややこしくなって
昨日のことをいかにも明日のことにように話されては民衆が混乱してしまう。
(現状を過去に書かれたコーランから合致すると思われる事柄を抜粋して説明する
イコール新しい明日に対する新しい提案は出来ない、結果、超保守派になる
・・・イランの宗教評議会が証明してます)
そうした証拠に、歴史的に見ても、近代になってからもですね第三世界諸国の
国民の精神的支えとなっているのはそれこそ宗教や主義、思想ではなくて
”具体的な活動をした人間”が建国の父と称されてそれこそ”精神的な寄り所”
となっている国程、国内が第三世界の中では安定して、経済的にも離陸しつつある国に
多い。
しかし、フセインはイラクを統治するに当って、政教分離の世俗的政治体制を
確立させたかったかは、何度か書いていますが、宗教家が政治に口出しをしたら
ろくなことにならないことを知っていたでしょうし(イランの実情を見たら
誰でもそう思ういますわね)
イスラム原理主義者が嫌う偶像崇拝的な政策であっても、それは”政治家”としての
フセインであってイスラム教徒としてのフセインではないので、
釈明は幾らでも可能だったからだと考えます。
(彼が所属する教義に厳格なはずのスンニ派にさえ説明が出来る訳で)
もう一つ
コーランに書かれていることを一般大衆に分かりやすくコーランが指し示している
正しい道を説明することであってそれ以上でもそれ以外でもないと思うからなんです
(原理主義的な解釈だろうと僕は思っていますが)
シスタニ師は、真摯な宗教研究家として有名ですから、その彼が現在のイラクの状況に
巻き込まれたくないと考えてロンドンに行く最大の理由はですね、
現在、サドル君がやってるような方法は、原理主義的にみてもイスラム教が
最も駄目だとする”偶像崇拝”になっている・・・
教義や戒律を厳密に守りたいスンニ派からすると、ホメイニ的な手法自体が
邪道ですからね、ましてや彼の写った写真を民衆が掲げて気勢を上げる・・・って
のは正しく、イラン革命を彷彿とさせるモノがある・・・
(ですから、イランがサドル君を支援していると言う与太がスンニ派側から出てる
ことにもなるんですが・・)
こうした民衆の気勢や関心が、もしも自分に向いてしまったらですよ
イスラム原理主義テロ組織に最も狙われる確率が高くなってしまうのはシスタニ師自身
になってしまい兼ねない。
(まぁ、サドル君が武装解除を嫌がるのは、武装解除したら米軍にじゃなくて
イスラム原理主義者やテロ組織に襲われる可能性を怖がってるのが本当じゃないですか?
そんなことは、暫定政権側は百も二百も分かっているから、国民大会議に復帰
しなさい、と言う提案をしているのも、師でなく政治家であれば、原理主義勢力から
狙われる危険性が低くなるからでしょう)
宗教指導者=自ら研究したコーランの内容を説明する役でしかない人間が
民衆を具体的に明日に導く役割を担う指導者になってしまっては話がややこしくなって
昨日のことをいかにも明日のことにように話されては民衆が混乱してしまう。
(現状を過去に書かれたコーランから合致すると思われる事柄を抜粋して説明する
イコール新しい明日に対する新しい提案は出来ない、結果、超保守派になる
・・・イランの宗教評議会が証明してます)
そうした証拠に、歴史的に見ても、近代になってからもですね第三世界諸国の
国民の精神的支えとなっているのはそれこそ宗教や主義、思想ではなくて
”具体的な活動をした人間”が建国の父と称されてそれこそ”精神的な寄り所”
となっている国程、国内が第三世界の中では安定して、経済的にも離陸しつつある国に
多い。
しかし、フセインはイラクを統治するに当って、政教分離の世俗的政治体制を
確立させたかったかは、何度か書いていますが、宗教家が政治に口出しをしたら
ろくなことにならないことを知っていたでしょうし(イランの実情を見たら
誰でもそう思ういますわね)
イスラム原理主義者が嫌う偶像崇拝的な政策であっても、それは”政治家”としての
フセインであってイスラム教徒としてのフセインではないので、
釈明は幾らでも可能だったからだと考えます。
(彼が所属する教義に厳格なはずのスンニ派にさえ説明が出来る訳で)
もう一つ
これは メッセージ 1416 (asean_peace11 さん)への返信です.
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