アセアンの私見-3
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/08/01 15:47 投稿番号: [1227 / 1982]
[自己責任]
第三世界の地域振興(復興)等に参加する場合
(当然、僕らの場合もそうな訳ですが)
計画を立案するのも、その結果を受け入れるのも全て
『自分達』であること理解する必要があると考えます。
つまり、「雇用者」が居る訳ではないので、全ての責任は
自分達の元から離れることはないということだと思います。
ですから僕は前に「嘘が必要ない」と書いた訳ですが、これは
”自分自身を偽る必要が無い”と同じだと思います。
ですから「やりたくなければ、やらなければいい」ただ、それだけです。
でもその「やること」を計画したのが”自分である場合”
言うなれば自己矛盾してしまうことになる訳です。
更に「計画」も「理想や空想」では全く話にはならない訳です。
(ですから、此処でも何度も"Action-Plan"と言う書き方を
していると思います、つまり”実行(可能)な計画”です)
もうすこし簡単な表現をすると「こうなってほしい!」
でもありませんし「こうであってほしい!」でも無く
『確実に実行出来て且確実で具体的な効果を獲得出来る計画』
を自ら立案して、その結果迄到達させる。
統合本部や各国にある地域本部が実施するのは「地域振興策の概略計画」
でしかなく、その概略を実現させる為の各地でのAction-Planの
企画やその実施の責任は全てそのPlanを作成した各地に
駐在するチームに一任されます。
各本部や行政的な協力やそれ以外の組織の協力が必要な場合も
そのPlanの中で設定し、初期の紹介等は各本部が引受けますが
それ以降は全てそのチームの力量でプレゼンテーションや
交渉等を進めて行きます。
こうした、方法はいわば「独立した地方自治制度」と
その基本は何も変わらない訳です。
更に、地方自治行政が自立自走する為に徴収する
「税収入」の変わりに各国の組織体は自立自走する為の
”収益事業”も同時に進行させている訳です。
つまり、生活を支える為の仕事ではなく『そこで生活することそのものが仕事』
になるとも言えます。
ですから、支払われる報酬も「時間拘束料」とか「能力給」
ともその性格を異にする訳です。
しいて言うなら”自身の儲け等を考えなくても済む為の収入”
とも言うことが出来ると思います。
ですから自分自身が持つ全ての時間とか労力を
「利他的な事柄に傾注出来る」とも考えられます。
(ただ、”してやってる”という意識が少しでも出ると、簡単に
地元の人達からは拒絶されます)
(まぁ、そんなこと考えてるようでは初めから話にも何もならない訳ですが、苦笑)
なもんですから、
『一緒に、仕事をする、そして一緒に幸せになる』
という考えがなければならないんですが、その為に最も大事なこととは
簡単です!「地元の人達やその地域、そしてその国を”好きになる”」
ことです。
(しかし、全面的に信用するとか慣用的になると言うのとは
ちょっと違います、これはその国での人間でさえ
なかなか出来ないことですんで、ですから、全てが
自己責任であるとなる訳でもあるんですが・・・苦笑)
第三世界の地域振興(復興)等に参加する場合
(当然、僕らの場合もそうな訳ですが)
計画を立案するのも、その結果を受け入れるのも全て
『自分達』であること理解する必要があると考えます。
つまり、「雇用者」が居る訳ではないので、全ての責任は
自分達の元から離れることはないということだと思います。
ですから僕は前に「嘘が必要ない」と書いた訳ですが、これは
”自分自身を偽る必要が無い”と同じだと思います。
ですから「やりたくなければ、やらなければいい」ただ、それだけです。
でもその「やること」を計画したのが”自分である場合”
言うなれば自己矛盾してしまうことになる訳です。
更に「計画」も「理想や空想」では全く話にはならない訳です。
(ですから、此処でも何度も"Action-Plan"と言う書き方を
していると思います、つまり”実行(可能)な計画”です)
もうすこし簡単な表現をすると「こうなってほしい!」
でもありませんし「こうであってほしい!」でも無く
『確実に実行出来て且確実で具体的な効果を獲得出来る計画』
を自ら立案して、その結果迄到達させる。
統合本部や各国にある地域本部が実施するのは「地域振興策の概略計画」
でしかなく、その概略を実現させる為の各地でのAction-Planの
企画やその実施の責任は全てそのPlanを作成した各地に
駐在するチームに一任されます。
各本部や行政的な協力やそれ以外の組織の協力が必要な場合も
そのPlanの中で設定し、初期の紹介等は各本部が引受けますが
それ以降は全てそのチームの力量でプレゼンテーションや
交渉等を進めて行きます。
こうした、方法はいわば「独立した地方自治制度」と
その基本は何も変わらない訳です。
更に、地方自治行政が自立自走する為に徴収する
「税収入」の変わりに各国の組織体は自立自走する為の
”収益事業”も同時に進行させている訳です。
つまり、生活を支える為の仕事ではなく『そこで生活することそのものが仕事』
になるとも言えます。
ですから、支払われる報酬も「時間拘束料」とか「能力給」
ともその性格を異にする訳です。
しいて言うなら”自身の儲け等を考えなくても済む為の収入”
とも言うことが出来ると思います。
ですから自分自身が持つ全ての時間とか労力を
「利他的な事柄に傾注出来る」とも考えられます。
(ただ、”してやってる”という意識が少しでも出ると、簡単に
地元の人達からは拒絶されます)
(まぁ、そんなこと考えてるようでは初めから話にも何もならない訳ですが、苦笑)
なもんですから、
『一緒に、仕事をする、そして一緒に幸せになる』
という考えがなければならないんですが、その為に最も大事なこととは
簡単です!「地元の人達やその地域、そしてその国を”好きになる”」
ことです。
(しかし、全面的に信用するとか慣用的になると言うのとは
ちょっと違います、これはその国での人間でさえ
なかなか出来ないことですんで、ですから、全てが
自己責任であるとなる訳でもあるんですが・・・苦笑)
これは メッセージ 1225 (asean_peace11 さん)への返信です.
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